代用品
代用品 玄関先で若い家政婦に中を案内され、飛雄馬は軽く会釈を返しつつ目的の場へと向かう。
一体、花形さんの家では何人のお手伝いさんが働いているんだろうか、と飛雄馬はそんなくだらぬことを考えながら長い廊下を行く。
それにしても、ねえちゃんが出迎えてくれないとは珍しい。いつもなら、と言っても、姉夫婦の屋敷に顔を出すのは数ヶ月に1回あればいい方ではあるが、その際には必ずねえちゃんが玄関先に立っていて、おれを迎え入れてくれたというのに。
この年になって、今や花形夫人となった姉をいつまでもねえちゃんねえちゃんと呼び慕うのもどうかと思うが、やはりどことなく寂しくはあった。
湿っぽい感傷を抱きながらも気を取り直し、飛雄馬はやや俯き気味だった顔を上げ前を見据えると、確かあの部屋だったな、と曲がってきた廊下の角から数えて2番目に当たる目当ての部屋──客間の扉が少し開いていることに気付く。
はて、何か作業の途中だろうか。
邪魔をするのは悪いな、終わるまで外で待たせてもらおう、とそんなことを考えつつ、飛雄馬はなんの気なしにそちらに歩み寄ると、これまた何も考えずにただほんの少し、好奇心から中を覗くに至った。
飛雄馬はそこで思わず息を呑み、思わず後退るとドン!と壁に背をついた。
すると、中にいた彼ら──もその物音に気付いたらしく、慌てて中にいたひとり──飛雄馬の姉、明子が慌てた様子で部屋の外に飛び出してきた。
「飛雄馬!ごめんなさい、来てたのね。わたしったら全然気づかなくて」
「いや、大丈夫。おれの方こそ、突然……」
視線を泳がせながら飛雄馬は場を取り繕うと、にこっとその顔に笑みを貼りつかせる。
「すぐに支度するから、中で待っていてちょうだい」
明子はそう言うと、飛雄馬を残したままスリッパの音を響かせ、廊下を駆けて行ってしまった。
「…………」
姉の後ろ姿を目で追いながら飛雄馬はしばしその場に呆然となっていたが、ぎいっと部屋の扉が音を立てたためにハッ!とそちらの方に顔を向ける。
「よく来てくれた。とは言え、出迎えもせず申し訳ない」
「いや……気にしてはいない」
部屋の出入り口から顔を覗かせた花形の顔をまともに見られず、飛雄馬はまたしても視線を左右に泳がせた。
まさか、姉とその夫のそういった行為の最中を目の当たりにすることになるとは夢にも思わず、飛雄馬は脳裏に鮮明に焼き付いた映像を払拭しようと頭を振る。
ねえちゃんと花形がそういうことをするのは至極当たり前のことで、自分がどうこう言えた義理ではないが、さすがに弟であるおれを呼びつけておいてそれはないんじゃないか、というのが飛雄馬の喉元まで出掛かった本音だった。
肉親である姉の女の面と、かつて球場で死闘を繰り広げたこともあるライバルの男の面などできれば見たくないものである。
ねえちゃんは中で待っているように言ったが、どこか別の部屋で待たせてもらうことにしよう、と飛雄馬がおそるおそる目の前の彼の名を呼んだのと、花形が中に入りたまえと入室を促したのはほぼ同時だった。
「そんなところで呆けていてもどうにもならんだろうに」
「………」
花形は恐らく、おれに見られたことなど知らんから平然としていられるんだろう、と飛雄馬は花形に会釈を返すと、客間に足を踏み入れる。
ここで変に動揺し、見てしまったことを花形に悟られ、場の雰囲気を悪くするよりは自分の胸の中に仕舞っておこう、と飛雄馬は考えたのだった。
しかし、普段は会社の重役らしく誂えたらしき三揃えのスーツに身を包み、ネクタイをしっかりと締め髪も整髪料で纏めている花形だが、やはり先程の行為のせいかどことなく乱雑な印象を飛雄馬は受ける。人間らしいと言えばそうだろうが、ネクタイを緩めたままジャケットも羽織っていない髪の乱れた彼は飛雄馬からしてみれば、【らしくない】のだ。
球場で打席から自分を射竦めてきた彼の姿はいつも美しく、精悍であった。
俗っぽい言い方をすれば完璧であったというのに、所帯を持ったというだけでこうも変貌するものなのだろうか。
「…………」
促されるままに飛雄馬はソファーに腰を下ろし、花形に飲むかねと見せられたワインボトルを前に首を横に振った。
かねがね、飲まんと言っているのに花形はなぜいつも同じことを尋ねてくるのか、それからして疑問ではある。
「たまには付き合ってくれたまえ」
「飲んだこともあったが、酒はそんなに好きではない」
「それは残念だ。いつか飛雄馬くんとはゆっくり飲みたいものだが」 言うと花形は飛雄馬の隣に腰を下ろし、ふふっと意味ありげに微笑んだ。
脳裏に再び、先程の光景が浮かんで飛雄馬はかあっと頬を染めると、ふいと花形から顔を逸らす。
「………」
「おや、顔が赤いが体調でも悪いのかね」
「き、今日のデーゲームで焼けたんだろう」
「デーゲームで?」
我ながら苦しい言い訳だと思うが、花形も不審に思ったらしく無言のままである。
飛雄馬はとにかく、何でもないから離れてくれとソファーに座る位置をずらし、花形から距離を取る。 「…………」
「寄るな、花形っ!」
ソファーの座面に手をつき、身を乗り出すようにして顔を覗き込んできた花形に背を向け、飛雄馬は思わず声を荒げた。
「飛雄馬くん、きみはとんでもないものを見てしまったと思っているかもしれんが、ぼくはあえて見せつけたのさ」
「…………!」
えっ!?と驚きのあまり背けた顔を上げ、飛雄馬は隣に佇む男の顔を仰ぎ見る。
すると、花形の指が下顎にかかって、飛雄馬は自ずと顔を上向ける形になった。
「目を閉じたまえ。きみもやり方くらい知っているだろう」
「ねえちゃんに触れた手でおれに触るな!ねえちゃんをなんだと思っているんだ花形さんは」
「…………」
飛雄馬の言葉を無視し、花形は顔を傾けるとそっと唇を啄んだ。
「う……っ!」
「口を開けて、飛雄馬くん」
固く閉じられた飛雄馬の唇に花形は舌を這わせ、そのまま頬へと手を添える。
「やめろ、っ……花形ぁっ」
呻き、顔を逸らす飛雄馬の耳元に口付けると、花形は唾液を纏わせた舌先で耳をくすぐった。
ぞくっ、とその湿ったまともに耳を犯す音に飛雄馬は肌を粟立たせると、うぅっ!と高い声を上げる。
「明子とは未遂に終わっている。安心したまえ」
「っ……おれは、ねえちゃんの代わりじゃ、な、ァ……!」
脱力し、まともに自分の体を支えていられなくなった飛雄馬をソファーの座面の上に組み敷き、花形は彼の腰に跨った。
「代わり?まさか……代用品はあちらさ。こう言うときみは怒るかもしれんがね」
花形は飛雄馬の両手首を左右それぞれの手で握り締め、彼の顔の横にそれらを押し付ける。
「なにを、言って……」
「事実さ、飛雄馬くん。ぼくは彼女を抱くときいつもきみのことを思う。ぼくの下で喘ぐのが飛雄馬くん、きみならどんなにいいことだろうと考えながらね」
手を振り解こうと飛雄馬は腕に力を入れるが、両手共にびくともせず、奥歯を噛む。
ついに気でも狂ったか、花形!と飛雄馬は叫ぶと、目の前の男を睨み据えた。
「ぼくはいつでも正常さ、飛雄馬くん。それに、強いて言うならぼくを狂わせたのはきみだと思うが」
「お、れ……、っ!」
言いかけ、開いた飛雄馬の唇に花形は唇を押し付ける。
掴まれた手を振り解かんと力を入れた腕をより強い力で押さえつけられ、飛雄馬は痛みに呻く。
と、一旦は離れた唇がそのまま首筋に触れ、飛雄馬は全身を強張らせると、震える声で花形を呼んだ。
「っ、ふ……ぅ、」
ちゅっ、と薄い皮膚を吸い上げる音がやたらに響いて、飛雄馬の耳を犯す。
小さく声を上げた飛雄馬の唇に花形は再び口付けてから握っていた手首を離すと、組み敷く彼の着ているシャツの裾に手を滑らせた。
「ぅ……ん、ん……」
肌の上をゆるゆると滑り、シャツをたくし上げていく花形の指の感触に、飛雄馬は戦慄きながら己の顔の横でぎゅうと拳を握る。
「フフ、諦めが早いね。飛雄馬くんにしては。もっと抵抗してくれると思ったのに当てが外れたようだ」
「な、にを……っ、」
「それとも、明子の姿を見て当てられたかい?」
「花形っ!」
「おっと……怖い怖い。油断大敵だね」
怒気を孕んだ声で名を呼び、握った拳を振りかぶった飛雄馬の両手首を花形は彼の頭上、ソファーの座面へと片手で容易く捻り上げた。
「くっ……」
「気分が削がれたね、飛雄馬くん。妙なことを言って悪かった」
「なにが、気分だ、っ……!自分だけ、っ……だろう」
手首を締め上げられる痛みに喘ぎ、眉根を寄せる飛雄馬だが、ふと、己に跨る花形が首元で緩く巻かれていたネクタイを片手で抜き取ったことに気付き、ハッ!と目を大きく見開く。
「さすが飛雄馬くん、察しがいいね。大人しくしていたまえ」
「馬鹿なっ、ことはやめろ、花形っ!」
身をよじり、必死に抵抗する飛雄馬の唇に花形は顔を寄せ、その呼吸を奪いつつ彼の両手首をものの数分で抜き取ったばかりのネクタイで縛り上げた。
「あまり暴れると手首を痛めることになりかねんよ」
「悪趣味にも、程がある……っ」
「フフッ……」
花形は微笑を浮かべ、跨がる飛雄馬のベルトに手をかけるとそのままそれを緩めた。
「っ……!」
かあっ!と飛雄馬は羞恥に頬を染め、スラックスのボタンを取り、ファスナーを下ろしていく花形の手つきを無言のまま睨み付ける。
その内に、飛雄馬の目尻からは涙の雫が溢れ落ち、頬やこめかみを濡らす。
自分のこの状況に涙したと言うよりも、姉明子に対する申し訳無さから飛雄馬は目尻を濡らすに至ったと言うべきか。
しかし、花形が解放した飛雄馬のそれはすっかり出来上がってしまっていたのである。
花形はニヤリと彼特有の、独特の笑みを浮かべながら下着の中から取り出した男根に手を添わせ、ゆっくりとそれを上下にしごいていく。
「──!!!!」
粘膜の露出している敏感な亀頭を執拗に刺激されて飛雄馬は体を仰け反らせると、声を上げまいと歯を食い縛る。
飛雄馬の男根から溢れ出た先走りが、ぬる、ぬると摩擦に加わり、花形の手の動きを滑らかにしていく。
「すごいな、フフ……ちょっと趣向を変えただけでこうも違うかね」
「ううっ……っ、く」
固く、立ち上がったそれを緩急をつけるようにしてしごきつつ花形はクスクスと笑みを溢す。
飛雄馬の、中途半端にたくし上げられたままのシャツの奥では尖りきった乳首が呼吸のたびに布地に擦れ、そこら全身に甘い痺れをもたらしている。
「もう間もなく、出そうだろう。なに、我慢することはない……」
「そんな、っ……ぁ、あぁっ!」
花形に導かれるまま飛雄馬は白濁を白い腹の上に少量、吐き出す。
ビクビクっ!と射精に合わせ飛雄馬は大きく体を震わせ、身をよじると目を閉じ、微かに開いた唇から声を漏らした。
花形は身を置く位置を飛雄馬の左右に開かせた足の間に変えてから、腹を上下させ、呼吸を整えようとしている彼の下半身からスラックスと下着を剥ぎ取り、その両足を両方の脇に抱え込む。
「はっ、花形……!」
飛雄馬は己の足を左右に割り、己の尻に股間を押し付けるような体勢を取っている花形を見上げると、悪魔!と掠れた声を上げた。
「悪魔、ねえ。飛雄馬くん。ぼくに言わせてもらうなら、きみがそうだと思うが」
「おれが……?」
花形はスラックスのポケットから何やら容器を取り出すと、蓋を開け中身を指で掬い上げる。
「そう、きみがだよ、飛雄馬くん」
蓋を締め、花形は容器をポケットに仕舞い込むとその手をあろうことか飛雄馬の尻へと伸ばした。
「あ、ぅっ……」
体温より、ほんの少し低い糊状のものが皮膚に触れ、飛雄馬は身震いすると顔を逸らす。
指で捏ね合わせ、扱いやすくしたそれ──整髪料を纏わせた指で花形は飛雄馬の尻を慣らしていく。
痛みなどまったく感じさせないまま、花形は指の本数を増やし、飛雄馬の入り口から中の繊細な粘膜までをも解してやり、その指先で的確に前立腺を捉えた。
「い、っ……!!」
「痛かった?」
ビクッと飛雄馬は身を跳ねさせ、唇を引き結ぶと花形を睨む。
痛みなど露ほども感じない。
それどころか、与えられるのは思考を焼き切る快楽の数々。花形に好き勝手に体を暴かれ、無様に醜態を晒す羽目になってしまっている。
花形の脇に抱え込まれた膝は頼りなく震え、中を探られるたびに縛られた手首が軋む。
「…………」
花形は飛雄馬から指を抜くと、腰の位置を合わせてからスラックスのファスナーを下ろした。
「花形っ、やめろ!後生だっ……」
「静かにしたまえ飛雄馬くん。それとも、見られるのが好きなのかね、きみは」
「好きなわけ、っ……」
「それなら大人しくしていたまえ」
「く、っ……」
尻に何かがあてがわれた感触があったと同時に、腹の中には花形の存在があって、飛雄馬はうっ!と短く呻く。
腹の中を押し広げつつ、突き進んでくる感覚に飛雄馬がそれから逃げるよう身をよじるのを花形は追って、更に奥深く中を抉った。
「う、ぁぁっ」
花形が塗り込めた何やら糊状のそれが潤滑剤の代わりとなって、結合部からはぐちゅぐちゅと卑猥な音が上がる。
「ほら、もっと締めて。飛雄馬くん」
「─────っ〜〜!」
深く中を突かれて、飛雄馬は背中を反らすと目の前に閃光が走るのを見た。
狂ってしまう──いや、もうとっくに、狂っているのかもしれない。でなければ、こんなこと──。
「……っ、そこ、……だめ……っ」
「そう言われるとつい触ってみたくなると思うがね」
「ひ、ぅ、ぅっ!」
今や喘ぐばかりとなった飛雄馬の唇に口付け、花形は彼の口へと唾液を流し込む。
と、飛雄馬がそれを飲み込み、ごくりと喉を鳴らしたのを見計らって花形は唇を重ねたまま腰の動きをより一層速めた。
「なっ、なかは、なかはやめ、っ……花形ぁっ」
「なぜ中は嫌なのか理由を言いたまえ」
「っ、っ………!!」
飛雄馬は首を横に振り、手首を纏められた腕で顔を覆った。
「伴くんになら、許すのかね」
「だれ、っ、にも……させない、っ、」
「それならなおのこと、中に出させてもらう」
「いっ、いやだっ、花形!よせっ!」
顔を覆うように肘を曲げた飛雄馬の手首を再び握り締め、花形は彼の腕を頭の上まで掲げさせた。
「飛雄馬くん、しっかり目を開けて。ぼくを見て」
「は、ぁ……ぁっ!」
言われるがままにゆっくりと目を開けた飛雄馬の、濡れた瞳をまっすぐに見つめつつ花形は宣言通り、彼の腹の中へと欲を吐く。
そうして、射精が終わるまで口付けを与えた続けただけでは飽き足らず、幾度となくその唇を啄んでからようやく飛雄馬から離れた。
「…………」
花形は額の汗を拭い、ひとまず、濡れた臍の下をティッシュで拭ってから下着とスラックスの中に仕舞い込むと、飛雄馬の手首を留めるネクタイを解いてやった。
がくがくと震える脚ではまともに起き上がることもできず、飛雄馬はソファーの座面に横たわったまま、痕のついてしまった手首を天井から下がる豪勢なシャンデリアの光に翳してみる。
微かな痺れは残っているが、恐らく明日の試合に支障はないだろう。
花形がネクタイを首元に巻き直し、ソファーの端に腰を下ろしたのを飛雄馬は黙って見つめていたが、その内に大きく口から息を吐いた。
「水でも飲むかね」
「…………」
花形の問いに飛雄馬は首を横に振り、花形が咥えたか煙草の匂いが部屋に漂うのを感じる。
「飛雄馬くん、ぼくは……」
「あなた、ちょっといいかしら」
部屋の外から声がかかり、ふたりはハッと顔を上げる。
花形は一瞬、押し黙ったが、すぐに表情を一変させるとすぐ行くと答えてから席を立つ。
「…………」
「少し、待っていたまえ」
ソファーに横たわったままの飛雄馬の唇にそっと口付け、花形はフフッと笑みを溢すとそのまま扉を開け、身を翻していった。
飛雄馬は広い客間にて、ようやくひとりになれたことに安堵し体をゆるゆると起こす。
それから、縛られた痕の残る手を見下ろし、花形が先程何か言いかけた言葉の続きを思案しつつも、飛雄馬は泣くのを堪えるように強く、奥歯を噛み締め、目を閉じた。