代替
代替 今しがた、近くを通り過ぎた人物に見覚えがあって、花形はふと歩みを止めると、人混みを掻き分けるようにして来た道を引き返す。
阪神の花形?などと言う声も聞こえたが、そんなことは今の花形にとってはどうでもいいことであった。
「星くん……!」
叫ぶようにして名を呼んで、花形は前を歩いていた青年の二の腕を掴む。
「伴?」
呼び止められた彼は振り返ると、ぱあっと顔を輝かせ花形を仰いだが、自分を呼び止めた男が件の親友でないと分かるや否や、その表情に陰を落とした。
「伴くんでなくて……悪かったね」
「あ、いえ……おれの方こそ間違ったりなんかして」
ふっ、と飛雄馬は目を伏せ、口元に笑みを浮かべる。飛雄馬は中日ドラゴンズに移籍することとなった伴宙太の引っ越しの手伝いを行い、自宅マンションに帰る途中であった。
花形も珍しく、今日は自宅のある神奈川でもなく阪神タイガース本拠地である兵庫でもなく、都内に身を置いている。特に理由と言うものはなく、気まぐれと言ったところか。
だからこそこうして花形は宿命のライバルである星飛雄馬に出会えた訳だが──。
「何か、用ですか」
「用、と言うほどのこともないが、きみの姿を見つけたものでね」
掴んだ腕を離し、花形は目の前の飛雄馬を見つめる。
「……花形さんが東京にいるとは珍しい。ねえちゃんは相変わらず行方しれずのままで……」
言いつつ、飛雄馬はじわりと瞳に涙を滲ませたかと思うと、一瞬、驚いたような表情を浮かべて目元を拭った。
「…………」
花形は力なく笑う飛雄馬の腕を再び掴むと、何やら突然歩き始める。その手を振りほどくでもなく、飛雄馬は黙って彼に連れられ、人混みの中を歩いた。
普段の飛雄馬であれば、抵抗することもなく花形の言いなりになることなどあり得ないであろう。
しかし、今の彼は親友・伴と別れ、無気力のまま街を歩いていたところを見るにつけ、半ば自暴自棄になっている面もあったがゆえに、こうして黙って手を引かれることとなった。
道行く人々が飛雄馬と花形の姿に気付いたか、ざわつき始めたために花形は一台のタクシーを停めると、それに乗り込み、花形財閥の息のかかったホテルを運転手へと指定した。
飛雄馬は後部座席に座って、相変わらず黙ったままの彼に運転手が何やら話しかけてきたが、花形は適当な相槌を打ちつつ、目的の場所に到着したために、釣りはいらんと吐き捨て、万札を目を丸くし驚いている運転手へと渡した。
到着したホテルのフロントに鍵を貰い、このことは他言無用だときつく言い聞かせてから花形はエレベーターを使い目当ての階、その部屋へと飛雄馬を案内する。
「…………」
「なに、心配することはない。ここはぼくの父が所有するホテルだ」
部屋に備えてあるテーブル、その傍らにあった椅子に腰掛け、花形は向かいに座るよう飛雄馬を促した。
飛雄馬の目はどこか虚ろで、瞳からは一切の輝きが失われている。
「伴くんは、愛知に行ったのか」
飛雄馬の瞳孔が揺れ、唇が泣くのを堪えるように引き結ばれる。
「あの日、座談会でおれにあんな台詞を吐いたあなたが気にするようなことですか」
くっくっと喉を鳴らしつつ、飛雄馬は花形の向かいの椅子ではなく広いベッドの端へと腰掛け、項垂れた。
「いつまで感傷に浸っているつもりかね」
「花形さん、に、何がわかるんですかっ…………」
顔を伏せたまま、飛雄馬は自分の肩を抱く。
俯いているために表情までは分からぬが、その身が震えていることから察するに彼は恐らく泣いている。花形はすっと椅子から立ち上がり、飛雄馬の隣に腰を下ろす。
すると飛雄馬はまさか花形が隣に座ってくることは思わず、顔を上げ涙の滲む瞳を彼へと向けた。
「泣いて何になる。泣けば伴くんは帰ってくるか」
言って、花形は飛雄馬の頬を伝う涙を指で掬う。
「…………っ!」
花形の手を飛雄馬は払い除け、彼を睨み据えると、なんのつもりだ、と低い声で尋ねた。
「伴くんのことなど忘れさせてやろう、などと言うつもりはない。ただ、ぼくに対する憎しみでも、なんでもいい。再起するきっかけを、与えられたらと思ったのだよ」
「ふ、ふふ……ずいぶんと優しいんですね花形さん。あなたらしくもない」
「…………」
顔を上げ、花形を見上げる飛雄馬の頬を再び熱い涙が滑り落ちた。花形は飛雄馬の濡れた頬へ唇を寄せ、その滴を掬い取る。
「う、っ…………」
驚き、身を固くした飛雄馬の両腕を掴むと花形はその目元から頬、唇の端へと口付け、最後に唇へと触れた。かあっと一瞬にして飛雄馬の体が火照る。
花形は唇を離すと、ニッと笑みを浮かべてから再び口付けを与え、飛雄馬の微かに開いた唇の隙間から舌を差し入れた。
「あ………っ、ふ」
口内に滑り込んできた花形の舌は飛雄馬の舌に触れ、前歯の裏を舌先でなぞるとふいに離れていく。
かと思うと、顔を逸らした飛雄馬の耳元に花形は顔を寄せ、わざとらしく音を立て首筋に吸い付いた。
ぞくっ、と飛雄馬の肌が粟立ったのも束の間、花形は彼の首筋に舌を這わせる。
と、脱力した飛雄馬の体は花形がほんの少し力を入れたところ、後ろに倒れ込んでしまい、そのまま彼の体の下に組み敷かれることとなった。
飛雄馬はベッドに押し倒されてからはっと花形を仰いだが、すぐに目元に腕を遣ると腹を大きく上下させる。
「抵抗、しないのかね。それとも──ぼくを伴くんだと思って抱かれるか」
「…………!」
飛雄馬はギリッと下唇を噛み締め、目元を覆う手で拳を握った。
くくっ、と花形は喉を鳴らして、飛雄馬の首筋に唇を押し付けつつ、仰け反る彼のセーターの裾から指を差し入れる。
「ふ………」
ぴく、と飛雄馬の体が跳ね、ベッドの上に投げ出していた足が切なげに動いた。
花形は飛雄馬の着ているセーターと、その中のシャツや下着をたくし上げてやりながら、徐々に眼下に現れる彼の肌へと口付ける。
ちゅっ、ちゅっと音を立てつつ、花形が白い肌を吸ってやれば飛雄馬は身じろぎ、僅かに開いた唇から声を漏らす。
そうして到達した飛雄馬の乳首に花形は口付けてからその突起を優しく吸い上げた。
「あっ!い…………ッく、ぅ」
口内でぷくりと尖ったそれを舌先でくすぐって、転がすように嬲ってやれば飛雄馬は声を上げ、自身の体の傍らに置いていたもう一方の手も自分の顔を覆うように掲げた。
花形はそこから一旦、口を離すと今度は逆の突起に歯を立て、弄んでいたもう片方へは指を這わせる。
指先でそれを捏ね、指の腹同士でそれを抓み上げると若干の力を込め押し潰す。
「は、ぁ…………っ、ん」
鼻がかった声が飛雄馬の口からは上がり、花形は彼の乳首を舌の腹で舐め上げつつ、その下、スラックスのベルトを緩めにかかる。
「は、なっ………待っ、あぅ」
「待て、とは、ふふ……無理難題をおっしゃる」
ベルトを緩め、僅かにできたスラックスと肌との隙間に花形は手を滑り込ませ飛雄馬の下着の中に指を這わせる。すると指先には既に出来上がっていた男根が触れ、花形はそれを指でさすった。
「っ、ァ………あ!」
飛雄馬の体は大きく跳ね、花形が触れるそこから先走りを滴らせる。
「…………」
「花形、っ……目を閉じろ」
「なに?」
突如として飛雄馬の口から紡がれた言葉に花形はピタリと手を止め、その先を待つ。
飛雄馬は顔を覆っていた腕を離すと、涙に潤んだ目を彼に向け、再び目を閉じてくれと囁く。
「ふ、わかった。何をするかは知らんがきみを信用しよう」
言って、花形は言われたとおりに目を閉じた。
その刹那、飛雄馬は彼の体の下から身を起こし、そのまま花形の首筋に縋りつくと、勢いのまま花形を押し倒す。
「…………!」
まさか、と花形はベッドのスプリングの揺れに身を預けながら自身の穿くスラックスのベルトが緩められている音を聞く。
飛雄馬はスラックスのボタンを外し、ファスナーを下ろすと花形の下着の中から半立ち状態の男根を取り出し──あろうことか身を屈め、それを口に咥えた。
「うっ……」
熱い口内の粘膜が花形の下腹部に纏わりついて、それを絶妙な加減で締め上げる。
根元まで頬張ったかと思えば、裏筋を舌先でチロチロとやって、花形の男根はそう時間を置かず完全に立ち上がった。
すると飛雄馬は花形から口を離し、ぺろりと自分の唇を舌で舐めてから膝立ちになり、目を閉じたままの彼を見下ろしつつ自分の穿くスラックスと下着とを脱ぎ、両足からそれを抜く。
「……………ん、っ」
花形の腹の上に飛雄馬は跨ると、あろうことか自分の尻をたった今まで咥えていた彼の男根の上へと遣り、ゆっくりと腰を沈めていく。
花形の眉がぴくんと動いて、その顔には苦悶の表情が浮かぶ。
唾液に濡れた男根が飛雄馬の体内に飲み込まれていく。粘膜を撫で、腹の中を貫く熱さに飛雄馬は身震いしつつ花形を取り込む。
「どういう、風の吹き回しかね。こんな真似を、して」
腹の中にすべてを埋め、飛雄馬は花形の腹に手をつくと開いたままになっていた唇を閉じ、唾液を飲み込む。
飛雄馬は花形の問いに答えようともせず、膝立ちのまま腰を上下に動かす。
花形の男根の反りがいい具合に良いところを責め、飛雄馬は一人、その快楽に酔いしれた。
「この花形が道具扱いされるとはね」
飛雄馬の腰を掴み、花形は投げ出していた両足を引き寄せ、膝を立てると下から彼を突き上げる。
どすん、と腰が突き入れられ、飛雄馬の体重がかかった分、花形の男根はより深い箇所を抉った。
「はっ、ぐ!!」
飛雄馬の瞳孔が激しく揺れ動いて、腰の動きが止まる。花形は飛雄馬のことなどお構いなしに下から彼を突き上げ腰を押し付け、奥を穿つ。
一突きごとに飛雄馬の男根からはとろ、とろと先走りが零れ、花形のスラックスを濡らした。
「自分から跨がっておいてもう終わりかね」
「あっ、はな、がた、っ………きつ、っ」
「きつい?馬鹿な、初めてでもあるまいし……」
「ッあ、あっ!!」
ギシギシとベッドを軋ませ、花形は飛雄馬の体を突き上げる。閉じろと言われた目などとっくに開けており、快感に酔い身をよじる飛雄馬の肢体を花形は瞳に映す。
いく、いくとうわ言のように囁く飛雄馬は花形を締め付け、その体内の粘膜をくねらせる。
「いくといい……それにしても、いい顔をするね、きみは」
「あ、っ………っ────」
目を閉じ、飛雄馬は自分の腰を掴む花形の手に自分のそれを添えさせたままヒクヒクと全身を戦慄かせた。荒い呼吸を繰り返す口からは唾液が滴り、顎を伝う。
「ふふ………派手に、いったものだね」
花形は未だ余韻に浸る飛雄馬の背を抱くようにして体を起こすと、彼の両腿を持ち、自分の腰の上に座らせるようにしながら深く己を突き込んで再び腰をグラインドさせる。
「っ、ん………ん、」
「達したからか中がとろとろじゃないか」
「へ、ん……なこと、言っ……」
「変?事実を言ったまでさ」
飛雄馬の腕を自分の肩に置くように回してやりながら花形は彼の鎖骨付近に吸い付き、跡を付けた。
「あ、あ………こし、腰やめ、っ」
「動かしていない。動いているのはきみの方だ」
無意識のうちに飛雄馬はかくかくと腰を振り、花形を粘膜で優しくしごきあげる。
「いや、いっ………く、ぅ……あっ、あぅ」
「…………」
花形は飛雄馬の背中を支えつつ、彼の腹の中を掻き回す。飛雄馬が声を上げ、身をよじる度に男根は締め上げられ、絶頂を促しに来る。
「あ、っ…………あ……」
「っ……」
飛雄馬は二度目の絶頂を迎え、花形もまた彼の中にて果てた。きゅうっと飛雄馬は最後の一滴までを絞り尽くそうと花形を締め上げ、ビクビクと体を震わせた。
「はながた………っ、さ……ん」
掠れた声で飛雄馬は花形を呼ぶと、彼にぐったりと体重を預け肩を上下させ始める。
「…………」
自分の体にもたれ掛かる飛雄馬の体を花形は一度きつく抱いてやってから、己を引き抜きつつ彼を後ろに倒した。
うっ、と呻いて飛雄馬は目を開けたが、すぐにまぶたを下ろすとすやすやと寝息を立てる。
恐らく、ここ最近はしっかり眠れていなかったのだろう、と花形は涙に濡れた飛雄馬の頬を撫でてやって、汗を流すため衣服を脱ぐと一人浴室へと向かう。熱いシャワーをかぶって、汗と共に色々な思惑を排水口に流し込むとガウンを羽織って頭を拭きつつ、部屋に戻ってくる。
飛雄馬はまだ眠ったままで、白い腹を上下させていた。先程座っていた椅子に腰掛け、花形はなんの気なしにテレビを付ける。
すると、ここのところ週刊誌やワイドショーを賑わせている大リーグボール2号の謎についてコメンテーターや大学の教授やらが何やら言い争っていて、花形はその喧しさに辟易し、電源を切った。
飛雄馬の寝息だけが静かな部屋に響く。
花形は飛雄馬の寝顔をしばし見つめていたが、髪を拭いていたタオルをテーブルの上に置くと、脱いだ服を着直して、椅子に着く。
「また再び、星くんと球場で会えることを楽しみにしているよ」
言って、花形は足を組むと、フフッと口角を歪め、一人、微笑んだ。