ケーキ
ケーキ 年の瀬も迫り、世間が慌ただしく日々を消費していく中でプロ野球選手はこの時期にオフシーズンを迎え、家族のある者は家族と、はたまた恋人と束の間の安息を得、テレビ等の取材を受けることも多かった。
飛雄馬は午前中に少年雑誌の特集記事の取材を受け、午後からはマンションの自分の部屋にてぼうっとバラエティ番組などを眺めていた。
明子はガソリンスタンドのバイトに出掛け、伴は父の経営する工場の手伝いに駆り出され文字通り、飛雄馬はひとりぼっちである。
クリスマスだ正月だと忙しない街にわざわざ出向く気には到底なれず、飛雄馬は姉が帰ってくるまで少し眠ろうか、と寝室に向かうべくテレビの電源をオフにしたところに、玄関のチャイムをピンポーンとやられた。
また少年ファンがサインをねだりに来たんだろうか、と顔を綻ばせつつ飛雄馬は玄関の鍵を開け、ほんの少し扉を開いた。
「は、花形さん!」
「おや、きみのことだから伴くんとどこか出掛けていると思っていたが……」
扉の隙間から顔を出したのは同じくオフシーズンを過ごしているであろう花形満その人で、飛雄馬は思わず数歩、後退った。
「伴は、親父さんの工場の人手が足りないとかでここには来ていないし、ねえちゃんだって今日はバイトで……」
「……そうか。それなら明子さんと食べてほしい。神奈川に美味しい洋菓子店があってね。その店のケーキさ」
花形は手にしていた箱を飛雄馬の目線の高さまで上げてみせ、ニッと微笑んだ。
「……せっかく、来たんならねえちゃんが帰ってくるまでうちでコーヒーでも、どうですか。ねえちゃんに会いに来たんでしょう」
「…………それなら、お言葉に甘えよう」
一瞬、口を噤み飛雄馬の顔をじっと花形は見据えたが、すぐに彼特有の笑みをその口元に湛えると、招かれるままに部屋へと入った。
「ねえちゃん、甘いもの好きだからきっと喜ぶと思いますよ」
「フフ、だろうね。先日、お会いした際、そんな話をなさっていた」
「口を開けば花形さん、花形さんだもんな。耳にタコが出来るよ」
ははは、と飛雄馬は笑い、ソファーに花形を案内するとコーヒーを淹れるためにキッチンに立った。
「きみからしたらいい気はせんだろう。ライバルの名がお姉さんの口から飛び出すのは」
「そんな、ことはない。ねえちゃんには幸せになってほしいと思っているからね」
やかんで湯を沸かしつつ、飛雄馬は花形の問いに答える。
「…………」
「あ、ケーキ、冷蔵庫に仕舞っておかなきゃ」
花形がテーブルの上に置いた白い箱に気付き、飛雄馬は彼の座るソファーへと歩み寄ると、その箱を手に冷蔵庫の扉を開けてから空いたスペースにそれを仕舞った。
「来週のマガジンに花形さんのインタビューが載るそうですね」
「ああ、そんなこともあったかな。フフ、逐一覚えちゃいないさ、雑誌の取材やインタビューなんて」
「……」
花形さんらしいな、と飛雄馬はあっけらかんと答えた花形を一瞥してから、コンロの火を止め、予め用意しておいたカップの中に湯を注ぐ。
既に会話しながらインスタントコーヒーの粉を入れており、湯を注ぎ入れたことによって独特の香りがそこから立ち昇った。
ソーサーに乗せたカップをひとつ、花形の前に置いてから飛雄馬も少し彼から離れた位置に腰を下ろす。
「正月は、何か予定でも」
「……特に、これと言ってないが。まあ、正月休みなどと浮かれたことは言ってはおられまい。1日休むと調子を取り戻すのに3日かかるというからね」
「…………」
飛雄馬はこの人はいつも耳に痛いことを言ってくれるな、と眉間に皺を寄せつつ苦いコーヒーを啜る。
ねえちゃんが帰宅するまでゆうに2時間はある。
果たして、この水と油の関係と称するに等しいライバルとふたり、間が持つだろうかと考えたところに花形がカチャッ、とソーサーにカップを置いたもので、飛雄馬はハッと我に返った。
「人にどうこう、尋ねる前にきみは何か予定でもあるのかね。フフ、大リーグボールを引っ提げ一躍時の人となった星投手はさすが、言うことが違う」
「け、っ、ケンカを、するつもりでおれは、あなたを招き入れたわけじゃない!」
声を荒らげる飛雄馬に対し、花形は冷たい微笑を浮かべ、更に目の前の彼を煽る。
「……明子さんはまだ帰らんのだろう。伴豪傑も今日は来ない」
「だから、何だと言うんだ!さっきから、っ」
かあっ、と飛雄馬の顔が怒りに熱くなる。
「落ち着きたまえ星くん。きみらしくない」
「誰が、けしかけたんですか……!」
花形は飛雄馬が僅かに開けた距離を詰め、じっとその顔を見つめてきた。
その意志の強さを物語る黒い瞳にたじろぐ自分の顔が映って、飛雄馬は思わず目を逸らす。
と、ふいに花形は顔を傾け、俯いた飛雄馬の顔を覗き込むような形を取りつつ、そっとその唇に口付けた。
「う、っ……!」
柔らかな唇の感触に飛雄馬はビクッと身を強張らせ目を見開いたが、熱さを伴い口内に滑り込んだ舌に思わず強く目を閉じる。
「舌を、出してごらんよ」
ひとしきり、舌を絡ませ、弄んだ花形が目を細め、そんな台詞を吐いた。
「し、た……?」
目を潤ませ、飛雄馬は口を開けるとそこから赤い舌を覗かせた。
ふ、と花形は小さく微笑んでから飛雄馬の差し出した舌を唇で挟み、軽く吸い上げてから再び唇同士を触れ合わせる。
「あ、っ………う、ぅ」
全身の力が抜け、飛雄馬はソファーの背もたれに体を預けるような形で足を床に投げ出した。
「ずいぶん、可愛い声を出すじゃないか」
「だ、れ、がっ……」
唇を離した花形を睨み、飛雄馬は口元を拭う。
その隙に花形はソファーの座面に膝をつくと、飛雄馬の足をそこに乗せてやってから、彼の体の上に覆いかぶさるような姿勢を取った。
「口付けひとつでぼうっとなってしまうとはね」
「ぼうっと、なってなんか……」
強がってみたものの、飛雄馬の頭の中は風邪をひき、熱を出したときのようにぼんやりとしてしまっている。
それは花形の口付けを受けたからか、それともこの雰囲気のせいか。
「フフ、きみは相変わらず嘘が下手だ」
飛雄馬の腿に手を這わせ、それをさすりつつ花形は僅かに顔を背けた彼の耳元へ口付ける。
熱を持った吐息が耳に触れたかと思えば、淡く耳朶に噛み付かれ、飛雄馬は思わず声を漏らす。
床に下ろした左足の内股を撫でる花形の手が屹立したそこに触れるか触れないかの位置を行き来し、飛雄馬は足をもじもじと動かした。
「っ、く………ん」
「素直になりたまえ」
飛雄馬の火照った首筋に花形は強く吸い付き、そこに跡を残していく。
そうして、飛雄馬の着ているカーディガンの中、タートルネックの裾から手を差し入れその肌に指を這わせた。
そのくすぐったいような何とももどかしい感触が肌の上を滑って、飛雄馬はびく、びくっとその度に体を震わせる。
「あ、っ…………ん、」
花形は衣服をたくし上げてやり、飛雄馬の腹から胸までを露わにしてやってから再び、彼の唇に自身のそれを押し当てると、露出させたばかりの胸の突起を緩く抓みあげた。
「っ、ッ……!」
ビクンと飛雄馬があまりの刺激に背を反らし、弾みで唇が離れたが、花形は上ずった彼の顎に口付け、抓んだ突起を指の腹で緩く押し潰す。
膨れたそこを軽く刺激してやると、飛雄馬は顔を腕で覆い隠しつつも、素直に声を上げた。
「ここ、弱いかい?」
くすくすと花形は笑い声を上げつつ、飛雄馬を煽る。
「気持ち、悪い、だけだ……っ」
「気持ち悪い、と来たか。フフ、その割にはだいぶ出来上がっているようだがね」
言うなり、花形は胸から手を離すとスラックスをはっきりと持ち上げる飛雄馬の股間へと触れた。
「あ、あっ!」
「触ってほしくてたまらんだろう」
「焦ら、さないで……」
「焦らす、とは人聞きの悪いことを言ってくれるじゃないか。星くんの口から何をどうしてほしいかちゃあんと言ってほしいものだね」
「は……っ、あ」
花形がスラックスの上から撫でる男根の先が熱く下着を濡らすのが分かって、飛雄馬は頬を赤く染める。
下着のざらざらとした感触が粘膜を刺激し、それがより一層、奇妙な感覚を飛雄馬に与えた。
「下着の中で果てるかい。変に強がっていないで、フフッ……この状況を受け入れた方が楽になると思うが」
「あ、う、ぅ……!は、っ……花形さん……さわって……」
にやりと花形は口角を笑みの形に吊り上げてから、飛雄馬の穿くスラックスのファスナーを開けてやる。どく、どくとそれだけで飛雄馬の下腹部は期待に脈打ち、解放を待ち侘びる。
花形はそこから手を差し入れ、下着の中に手を滑らせると先走りでべとべとに濡れた飛雄馬の男根を取り出した。
固く立ち上がったそれはひく、ひくと戦慄いて、亀頭の先には溢れ出たカウパーが顔を覗かせている。
「は……っ、ん……ん」
冷えた外気に触れ、飛雄馬の男根が小さく震える。
花形は飛雄馬のそれを握ると、亀頭部位から一息に根元まで手を動かした。
「あ、っ……ああっ!はなっ、はながたさっ……」
先走りにまみれた手で飛雄馬の男根をしごいてやり、達しそうになるとその動きを緩めることを繰り返し、もどかしさに腰を揺らす彼を花形は弄ぶ。
「出したい?それなら星くん、そう言わないと……」
「く、あ……あ、いま、っ、いけたのに、」
「ふふっ…………」
花形は手を動かし、飛雄馬の亀頭をぬるぬると先走りを塗りつけるようにして嬲る。
はあっ、はあっ、と荒い呼吸を繰り返し、飛雄馬は目元を覆っていた腕をずらすと、自分の上に跨りこちらを見下ろす花形の顔を盗み見た。
気が狂ってしまいそうなほど何度も焦らされ、ギリギリまで昇りつめらされたそこははち切れんばかりに勃起している。
「花形さん……だしたい、頭が、おかしくなりそ────っ〜〜!」
一気に男根を責め上げられ、飛雄馬は声にならぬ声を上げ、盛大に吐精した。
極限まで焦らされてしまったせいか、射精が終わっても尚、飛雄馬の体は快感の余韻にうち震え、ぼうっと脱力しきってしまっている。
「ふ………、」
だらりとソファーの上に全身を投げ出したままの飛雄馬のスラックスと下着を花形はいとも容易く抜き取ると、左右に開かせた足の間にその身を置いた。
それから彼は、掌にぶちまけられた飛雄馬の精液を彼の体の中心へと塗りつける。
ぴくん、と飛雄馬は体を跳ねさせたものの、抵抗らしい抵抗は見せず花形に体を預けている。
「…………」
その様子を見ながら花形は刺激に慣らした飛雄馬の窄まりへと指を飲み込ませ、そこを押し広げていく。
「あ、っ!」
これには飛雄馬も驚いたか声を上げ、花形の指を締め上げた。
その緊張が解けるのを待ってから花形は指を曲げ、飛雄馬の中を解していく。
そうして、指の本数を1本ずつ増やしていくことを繰り返し、花形は頃合いを見て自身の穿くスラックスの前を開けた。
「星くん、入れるよ」
「っ……!」
言うなり、花形は飛雄馬の尻に男根を充てがうと、ゆっくりそれを埋めていく。
花形に為すがままにされていた飛雄馬だったが、体の中心を貫く熱に喘ぎ、身を反らした。
花形のものがゆっくり、ゆっくりと飛雄馬の腹の中を突き進む。
汗ばんだ飛雄馬の首筋を花形は舐め上げ、時間をかけ彼の内壁に自分の形を覚え込ませるようにして根元までを埋めた。
「……ああ、明子さん、今帰られましたか」
「ひ……っ!」
突然、花形が明子の名を口にし、飛雄馬は身を強張らせる。クックッ、と花形は喉を鳴らし、嘘だよ星くん、と続けた。
「見られると興奮する?フフッ、明子さんの名前を出したら一段と締め付けがきつくなったが」
「ねえちゃんに、バレたら、おれどころか……あなたの身も破滅、あ、う、うっ!」
飛雄馬が言い終わるより先に花形は腰を使い始め、彼の腹の中を掻き乱す。
口を開け、舌を覗かせた飛雄馬の舌を吸ってやり、花形は深い口付けを彼に与える。
「は、な……あっ、あ、あ」
全身を揺さぶられ、飛雄馬は固いソファーの座面の上で花形の与えてくる快楽に酔う。
「もっと、深いところがお好みかね」
「い、っ……いや、いや、ぁ……」
口を腕で覆い、飛雄馬は顔を振る。
飛雄馬の奥を抉るよう腰を使い、花形はそろそろ出すよ、と囁く。
「あ、っ………ん、んっ」
喘ぐ飛雄馬の唇を貪るように口付け、花形は彼の腹の中にその欲を吐いた。
と、花形はテーブルの上にあったティッシュ箱を手繰り寄せ、飛雄馬の中から己を抜くとティッシュでそれを拭う。
その際、とろっと飛雄馬の中から花形の吐いた白濁が掻き出されソファーの座面に落ちた。
「…………」
身支度を終えてからすっかり冷えたコーヒーを花形は啜って、肩で息をしながら体勢を整え、自身の後始末をする飛雄馬に視線を遣る。
スラックスと下着を身に着けてから目を閉じ、呼吸を整える飛雄馬の白い喉元には付けた跡がハッキリと残っており、花形は彼に気付かれぬよう小さく微笑むと、腰を上げた。
刹那、ガチャリ、と玄関のドアノブが回る音がして、花形と飛雄馬はそちらを見遣った。
「飛雄馬、ただいま……花形さん!?」
扉を開け、顔を出したのはバイトから帰った明子で、花形の姿を見つけるなり彼女もまた、先程の飛雄馬と同じ反応を見せた。
「……ご無沙汰しています、明子さん。あなたの顔が見たくてちょっと立ち寄ったのですが、あまり時間がないもので」
「き、来てくださるなら、一言、おっしゃって、くだされば……」
しどろもどろになりつつ、頬を赤らめる明子にまた伺います、と花形は言い残し部屋を出て行く。
「………」
未だ花形の残した熱が体を火照らせる。
明子にそれを悟られぬよう、飛雄馬は冷蔵庫の中に花形さんがねえちゃんにってケーキを置いていったよと告げ、窓の外を見遣る。
「そ、そんな!私、お礼も言えてないわ」
驚いたように声を上げ、明子は花形を追いかけるように部屋を出て行く。
ガラス1枚隔てた窓の向こうでは雪がちらつき始め、飛雄馬は花形さんが無事に帰れるといいが、とそんなことを思案してしまうお人好しな己に呆れ、自嘲するように笑うと、唇を指でそっと拭った。