病室
病室 ちょっと出てくる、と飛雄馬は伴に言付け、忙しい練習の合間を縫っての束の間の休息時間をとある場所に向かうことに当てた。新幹線の切符を買い、向かった先は阪神タイガースの本拠地である兵庫県。
甲子園で行われた巨人対阪神戦で飛雄馬の左腕が繰り出す大リーグボール一号を見事打ち取った天才打者・花形満が入院していると言う病院を聞き出し、この日彼は一人、この地に赴いたのであった。
受付にいる看護婦に病室を尋ねて、飛雄馬は来る途中で寄った花屋で購入した花束を手に長い廊下を行く。阪神ファンの多い関西にて顔が割れてはまずいからとサングラスを着用してまでの見舞いであった。
花束を手に歩いた廊下の先、一人部屋の入り口には花形満の名前が記されており、飛雄馬は扉を数回ノックして、中から入室を促す声が聞こえてからドアノブを捻った。
「………星くん」
大方、看護婦だろうと踏んで何の疑問も抱かず入室を許可した花形であったが、足を踏み入れたのがかの星飛雄馬だったために一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、すぐにいつものどこか癖のある笑みを口元に湛え、座りたまえ、と手を招いた。
飛雄馬はサングラスを取って、着ている上着のポケットにそれを差し込んでから、どうぞと促された丸椅子に腰を下ろす。
「わざわざ来てくれたのかい」
「ああ、少し時間ができたからね」
「……見舞いに来てくれたのは嬉しいが、ぼくが大リーグボール一号を破った今、他球団たちも同じ特訓をやらせるだろう。日本シリーズが終わればオフに入る。ぼくはシーズン中に入院することになったが──」
「今はそれを言わないでくれ。おれはただ、大リーグボール一号を見事打ち果たしたきみの見舞いに来ただけだ」
「………」
ぎゅっと膝の上に置いた手で飛雄馬は俯き気味に穿いているスラックスの生地を握る。
「フフ、まあ、とはいえ、きみのことだからまたあの伴豪傑を相手に密かに特訓をしていることだろうと安心しきっているがね」
「あ、花形さん。これを」
花形が笑みを見せたために、飛雄馬は今頃思い出したかのように花束を差し出す。
「ありがとう。すまないが、そこに花瓶があるだろう。枯れてしまうと良くないからね。水を入れて飾ってくれると助かるが」
言われ、飛雄馬は腰を上げると洗面台のところに置いてあった花瓶を見つけ、それに水を汲んでから花形から受け取った花束の包装を解いて、そこに生けた。
「巨人は今季も優勝だろうね」
「…………」
「星くん?」
「ああ、少し考え事をしていた。すまない」
「………帰りたまえ。間もなくぼくも退院する。きみにはこの花形とこうして馴れ合っている暇はないはずだ。こんなことをする暇があったらさっさと東京に帰って練習に励むといい」
「………あれから、どうしているだろうかと心配になってここまでのこのこやって来たはいいが、うふふ……まさか花形さんにそう言われてしまうとは」
「その気持ちはありがたいが、きみとぼくの友情は馴れ合うことで育まれるものでもないだろう──と、もっともらしいことを言ってみたが、嬉しい気持ちに変わりはない。座りたまえ、コーヒーくらいは入れよう」
眉間に寄せていた皺を緩ませ、花形は足元に掛けていた布団を剥ぐと、床に置いていたスリッパへと足を差し入れた。
「いや、いい。きみの言うことはもっともだ。このまま帰ることにするよ」
「一杯くらい、いいだろう」
「………」
花形の様子に飛雄馬は妙だな、と思いつつも一杯くらい付き合ってやるかと花瓶をベッドそばの窓辺に置いてから、再び丸椅子に座る。あらかじめ魔法瓶に入れられていた湯でカップに注いだインスタントコーヒーの粉を溶かして、花形はそれを飛雄馬に手渡した。
どういう風の吹き回しでコーヒーなどを一緒に飲もうと花形は言ってきたのか。そもそも、飛雄馬自身がわざわざ兵庫までやって来たところからしてらしくないと言えばそうだが。仲良く談笑し、慰め合うような関係など有り得ない。
起死回生の術、と言うとあまりに大掛かりでどこぞの漫画の世界のようだが、球質の軽さを補うために飛雄馬が血を吐く思いで編み出した大リーグボール一号を見事打ち破った花形満という男に対し、少しばかりの労いをしてもよいのではないか、と思った、ただそれだけのこと。
けれども、痛いところを見事突かれ、飛雄馬はここに来てしまったことが急に恥ずかしくなってしまった。
熱いコーヒーを無理に流し込んで、飛雄馬は席を立つ。と、ベッドに座ってカップの中身を啜っていた花形がそれを制する。
待った、とばかりに差し出された掌にはまだ鉄球打ちの痕跡がうっすらと見て取れた。その掌に残る傷にたじろいだところでぐっと腕を掴まれ、力強く引かれたために飛雄馬はベッドに座っている花形の胸へと顔を突っ込む形で倒れ込んだ。
うっ、と反射的に目を閉じたところで何かが割れた音が耳に入り、飛雄馬は顔を上げる。花形が持っていたコーヒー入りのカップが床に落ち、割れてしまったことで破片が見事に四散し茶色い水溜まりがそこにはできていた。
「…………」
花形の瞳に己の驚いた表情が映っているのを飛雄馬が目の当たりにしたとき、呆けたゆえに僅かに開いたままになっていた唇に口付けを与えられる。
かあっと羞恥と怒りとに全身が火照って、何をするんだとばかりに頬の一つでも張ってやろうかと飛雄馬が自由の利く腕を振りかぶった刹那に花形は唇を離した。にやりと例の笑みを浮かべる彼に飛雄馬はムッとしたものの、ここが病院であることと花形がまだ入院中の身であったがゆえに、事を荒立てることはしなかった。
ただ、怒りを孕んだ瞳を彼に向け、唇をぎゅっと引き結んだのみだ。
しかして、花形の戯れはそれだけに留まらず、飛雄馬の背に腕を回して、顔を背けた彼の耳元へと唇を押し当てた。
「あっ、う……」
「変な声を出すのはよしたまえ星くん。ここは病院だろう」
「へ、っんなことを、しているのはそっちだろうっ」
フフッ、と花形が笑みと共に漏らした吐息が耳に掛かって、飛雄馬はビクッと体を跳ねさせた。
熱を持ってじんじんと疼く耳朶に淡く歯を立てられ、飛雄馬は目を閉じる。そうして花形は飛雄馬の首筋へと口付け、舌を這わす。薄い皮膚の上を柔らかな粘膜がそろそろと這って、飛雄馬の喉がそれに合わせ小さく上下する。
「っく………」
愛撫から逃れるために身をよじる飛雄馬の体を組み敷く形で花形は難なくベッドの上に横たわらせると彼の体の上に跨った。
「何を、する気だ……花形さん」
「さあ……大方、きみが頭の中で思い描いていることと大差ないと思うがね」
「寄る、っ……!」
叫ぼうとして、飛雄馬はハッと口元に手を遣る。視界の端に映る扉へと視線を遣ってから飛雄馬は己の上に跨る花形の顔を仰いだ。
「さすが星くんだ。察しが良くて助かるね」
言うと花形は飛雄馬の穿くスラックスの股へと触れる。内股を掌でそろりと撫でられ、飛雄馬は顔をしかめた。
扉を一枚隔てた向こうではたくさんの人々が行き来している。
この部屋にだっていつ看護婦や見舞い客が訪ねてくるかもわからないというのに、なぜこの男はこんなことをしているのか。 腿を撫でる手にばかり気を取られていた飛雄馬の口元に置いた手の甲に花形は口付けて、手を離して、と小さな声で囁く。
顔を振って拒絶する飛雄馬のスラックス、そのファスナーを花形はゆっくりと下ろした。独特の金属音が部屋に響いて、飛雄馬はあまりのことに花形!と叫んだ。
今まではまだ冗談で済んだかもしれない、しかして、この先へ踏み込んでしまったらもう、ただでは済まない。
「大きな声を出さないでくれ」
花形はそう言うなり、飛雄馬の口を己の唇で塞いだ。上体でぐっと飛雄馬の体を押さえ込みつつ花形は組み敷く彼の開いたファスナーの中へと手を差し入れる。
「は………ぁ、っ」
やや下着を持ち上げつつあった逸物に花形は触れて、体を仰け反らせ声を上げた飛雄馬の首筋へと吸い付く。
徐々に下着の中で膨らみを増す男根から一旦、花形は手を離すとスラックスのボタンを外して、狭い衣服に抑制されていた飛雄馬の逸物を解放させた。
「花形、っ………いい加減に、」
「別に、やめてしまっても構わないが、出してしまった方がきみもスッキリするだろう。何も特別なことはしていないのにこうも反応するということは、だいぶ溜まってはいたんだろう」
「そんな、こと………」
「フフ、まあ、そこまで詮索はしないさ。腰を上げたまえ」
扉の向こうを駆け抜けて行き看護婦に叱られた子供たちのやり取りが耳に入って、飛雄馬は唇を強く引き結ぶと、腰を浮かせスラックスと下着とを引き下ろした。
冷静になって考えてみれば、こんな常軌を逸した、気の狂いそうな状況を素直に受け入れる必要などないのだ。
組み敷く男を突き飛ばして、扉の向こうに飛び出せばそれっきり。
それだと言うのに、飛雄馬はそれをしない。雰囲気に飲まれている、といえばそれもあるが、自分さえ耐えれば、何もかもが滞りなく進んでいくのだ、と、そんなことさえ考えてしまっている。
花形は飛雄馬の履いたままの靴をそれぞれ脱がせてやり、膝の辺りで止まったままになっていた彼のスラックスを抜き取った。
「力を抜いて、星くん」
囁きつつ、花形は飛雄馬の腹に付くほどに立ち上がっている逸物を握ると、ぬるっと先走りに濡れたそれを亀頭の位置から根元までしごいた。
「いっ、あ……っ………!」
適度な力加減で男根を握り、花形はそれを上下に擦り上げる。その刺激に反応して、飛雄馬の鈴口からはたらたらと先走りが溢れ、花形の手指を濡らす。
「っ……う、っ………」
「ほら、出して……きみがいくところ、ぼくに見せて」
「あ、ッ………っ〜〜〜!」
目を閉じて、長いまつげを震わせて飛雄馬は花形の掌へと精を吐く。腰を揺らして、びゅくびゅくと男根の脈動と共に白濁を飛ばした。
「…………」
花形は飛雄馬の射精が終わるのを待ってから、ほんの少し腕を伸ばしてベッドサイドに置かれた移動式のテーブルの上からティッシュの箱を取ると、手を拭ってから、今度は掌の傷に塗るようにと処方された塗り薬の容器を手にする。
そうして、未だぼうっと射精の余韻ゆえか呆けている飛雄馬の片膝を立てさせ、花形は手にした容器の蓋を取ると指先でその中身をたっぷりと掬い取った。
「……………」
半透明の膏薬を花形は飛雄馬の開いた足の中心、たった今まで刺激を与えてやっていた逸物の下へと塗り付ける。しばらくその窄まりの表面を撫でていたが、摩擦と体温とで溶け、柔らかくなった薬を纏った指を花形は飛雄馬の体内へと挿入させた。
「っあ、」
ゆっくりと時間をかけ根元まで指を飲み込ませてから、花形は己を受け入れてもらうがためにそこを解し、刺激に慣らしていく。指の腹で粘膜の壁を擦ると、その度に飛雄馬はビクビクと体を震わせ、花形を締め上げた。頃合いを見て、指を増やしていきながら花形はある部分を指先で探る。
「………ぅく……っ、く」
シーツの上を飛雄馬の膝を立てた側の爪先が滑って、震えた。と、粘膜を撫でていた花形の指がとある箇所に触れた瞬間、飛雄馬は一際大きくびくんと跳ねた。
ほんの少し膨らんだそこを押し上げるようにしつつ刺激を与えてやると、飛雄馬は体を反らして、懸命に歯を食いしばり声を堪えた。全身にぱあっと汗が滲んで閉じた目尻から涙がこめかみへと落ちる。
そこでようやく花形は指を抜くと、穿いていたパジャマと下着とを脱ぎ去ってからすっかり出来上がっていた逸物を飛雄馬の尻へと充てがった。皮膚の表面に残っていた軟膏を亀頭へとなすりつけてから、花形はぐっと飛雄馬へと腰を押し付ける。
「あ、ふ…………」
指以上に大きさのある異物が飛雄馬の腹の中へと否応なしに入ってくる。
ぎりぎりと食い縛る飛雄馬の奥歯が軋む。
体の中心を貫く熱さに飛雄馬は背を反らし、己の体の脇に置かれた花形の腕に爪を立てることで耐えた。股関節に花形の体重がぐっと掛かって、飛雄馬は呻く。
星くん、と名を呼ぶ声が降ってきて、飛雄馬がうっすらと目を開けたのと同時に、ベッドが軋んだ。
次第に花形が腰を引く距離が伸び、それを打ち付ける強さが段々と強くなってくる。
「はっ…………ああっ、あ」
床に散らばった破片がカチャカチャと鳴って、廊下を行き交う人々の声もどこか遠くに聞こえてくる。溶けた軟膏がぐちゅぐちゅと水音を奏で、花形の腿が飛雄馬の尻を叩く乾いた音が響く。
飛雄馬の首筋に浮いた汗を花形は舌先で舐め取って、彼の膝裏に手を入れるとぐっとその足を飛雄馬の腹に付かんばかりに曲げさせると、自身も前のめりになって、より深い、奥へと突き進む。
目の前に火花が散った飛雄馬の唇に噛み付いて、花形は欲をぶつけた。やめてくれと喘ぐ飛雄馬の首筋に歯を立てて、強く吸い付くことを繰り返して、嫌だと必死に喚く彼を煽る。
敢えて、ユニフォームで隠れることのない場所を狙って花形は跡をつけ、がつがつと腰を叩き付け、飛雄馬の体内を抉った。 そうして涙に濡れた虚ろな目をぼんやりと開く飛雄馬の唇へと再び口付けてから、逸物を抜くと彼の腹の上へと精液を飛ばした。
「っ………!」
「…………」
何を言うでもなく、近くに寄せていたティッシュ箱から中身を取り出して花形は身支度を整えて、ベッドから一度降りた。
白い腹を呼吸のために上下させ、飛雄馬はベッドの上に投げ出していた足を引き寄せ、肘を使いゆっくり起き上がってから大きく息を吐いた。
すると花形は、再びベッドに膝をついて乗り上げると半ば放心状態になっている飛雄馬の頬に口付け、ギクッと身を強張らせこちらを見上げてきた彼の唇へとそっと触れる。逃れようと藻掻いた飛雄馬の肩を掴み、わざとらしく音を立て唇を離した。
飛雄馬は未だ花形の感触の残る唇を掌で拭って、腹の上に撒かれた彼の体液もそのままにベッドの足元に無造作に置かれていたスラックスたちを身に着けると靴を履き部屋を出る。
ちょうど入れ替わりに看護婦が入って来て、床に散らばったカップの欠片に驚いたのであろう、彼女の甲高い声が飛雄馬の耳には入ったが、彼は振り返ることもせず長い廊下を引き返した。