薔薇
薔薇 ピンポーン、と来客を告げるチャイムが室内に響き渡り、飛雄馬は読んでいたスポーツ新聞を座っていたソファーの座面に置くと、今行くと返事をしながら腰を上げた。
今日は昼過ぎから伴が来ると言っていたか。
ねえちゃんは人手が足らないとかで朝からガソリンスタンドのアルバイトに出ているし、昼間はどこか食べにでも行こうか、それとも何か出前でも取ろうか──。
飛雄馬は昼飯の内容を色々と思案しながら、それにしても昼過ぎと言っていたのに来るのがずいぶんと早いな、と、妙な胸騒ぎを覚えつつも、玄関扉のノブを握った。
冷たい金属製のノブを回し、扉を開けると、そこに見慣れた親友の顔はなく、まったくその登場を予想だにしていなかった不敵な笑みを浮かべた男の姿があり、飛雄馬はビクッ!と体を震わせ、握ったノブから思わず手を離す。
「フフッ……きみも驚いたろうがぼくもまさか星くんが顔を出すとは思わず驚いた。今日は親友の彼は用事でもあるのかね」
手を離したせいで閉じかけた扉のノブを廊下側から握り玄関先へと体を滑り込ませてから、ニッと口角を上げてみせた男こそ飛雄馬が最も苦手とする花形満だった。
付き合いこそ親友・伴よりも長いが、互いに意識こそしているもののろくに会話らしい会話をしたこともない間柄。
飛雄馬は一瞬、何と答えようか考えてから口を開く。やたらな発言をするとまた煽られ、揚げ足を取られかねない、と思っての行動だった。
「伴のやつならこれからうちを訪ねてくることになっているが、そんなことより花形さんが何の用ですか」
飛雄馬が言い終わったと同時に花形が後ろ手で扉を閉め、ガチャッ、とラッチが嵌まる音がやたらと大きく辺りには響いた。
「ドライブ中にとても美しい薔薇の花を見かけたものでね。ぜひ明子さんにお渡ししたいと思ったのだが、どうやら当てが外れたようだ。また出直そう」
すっ、と花形は後ろ手に隠していた赤い薔薇の花束を飛雄馬の前に差し出してみせる。
「…………!」
目の前に差し出された目が眩むような深い赤に飛雄馬は圧倒され、数歩、後ろに後退る。
薔薇特有の濃い香りが鼻を突き、飛雄馬は思わず瞬きさえも忘れその薔薇の花束に見入った。
「星くんも渡されたところで困るだろう」
「あ……いえ、それで、いいのなら、ねえちゃんにおれから伝えておきますよ」
花形の言葉に飛雄馬は我に返り、愛想笑いを浮かべると、差し出された花束を受け取ろうとする。
が、花形は何を思ったか、飛雄馬が受け取ろうと差し伸べた手、その左手首を掴み、己の方に引き寄せるとそのまま彼の腰を抱いた。
支えを失った花束は三和土の上に墜落し、音こそそれほど上がらなかったものの、綺麗に包装されていた薔薇の花たちは無残にもコンクリートに叩きつけられ、その勢いで花弁が飛散する。
「…………」
「信じられない、と言うような顔だね、星くん」
「っ、手を、離してくれ……」
手首を握る手の力は緩むことなく、じわじわと痛みが増してくるようで、飛雄馬は眉間に深い皺を刻む。
飛雄馬の目の前スレスレの位置に花形の顔があって、何を考えているのかいつものあの笑みを浮かべている。
己の苦痛に歪む無様な表情が花形の瞳に映って、何とも惨めな気持ちにさせた。
花弁が散ったせいか、さっきより薔薇の香りが強くなったような気がして飛雄馬はその匂いに軽い眩暈を覚える。
「あ…………っ、う」
くらっ、と立ち眩みさえ起こしかけたところに花形の顔が迫り、飛雄馬は思わず目を閉じた。
瞬間、手首を握る手が離れていき、そのまま飛雄馬の顎先を掴んだかと思うと、僅かに顔を上向かせてから花形は腰を抱く彼の唇へと口付ける。
薔薇の匂いで頭がくらくらとし、飛雄馬はその香りを嗅がぬためにも口を開き、そこで呼吸をしようと考えたのだが、微かに開いた唇の隙間へと花形が舌を差し入れてきたのだった。
絡む舌にも薔薇の味がするように感じられ、飛雄馬は唇が離れた隙に花形に中断することを持ちかけたが、彼はそれに取り合わず、唾液に濡れた唇を軽く啄んで来た。
薔薇の匂いのせいか、はたまた口付けを受け続けているせいか次第に飛雄馬の頭はぼうっとしてくる。
「…………う、うっ」
がくん、と膝が折れ、飛雄馬は三和土の上に崩れ落ちる。
花形は倒れ込み、項垂れる飛雄馬の目線の位置まで屈んでからその脱力しきった体を腕を取り、抱えるようにして三和土を一段上がった玄関マットの敷かれた上がり框の上へと組み敷いた。
固い床の上に横たわる飛雄馬の瞳は虚ろで、目こそ開いているが花形を見ているというより、どこかぼんやりとしていて焦点が定まっていない。
「…………」
花形は組み敷く飛雄馬のまぶたへと一度口付けを落としてから、その頬、鼻先と口付け、最後に唇へと唇を押し付けた。
びくっ、と飛雄馬が震えたのも束の間、花形は口付けを与えながら組み敷く彼が着ているシャツの裾から手を差し入れ、その肌に指を滑らせる。
「ん、っ……」
小さく体を跳ねさせ、顔を反らした飛雄馬の首筋へと花形は顔を埋めると、滑り込ませた手で腹を撫で、僅かに胸の突起から外れた位置を撫でさする。
じわっ、とその刺激で突起が膨らんだのが分かり、飛雄馬は唇を引き結んだ。
優しく唇を押し当てたかと思うと、強く吸い跡を残しつつ花形は飛雄馬の首筋を顎から鎖骨にかけてゆっくりと下降していく。
その度に飛雄馬は体を震わせ、鼻がかった声を上げる。
「は……ぅ、う」
と、花形は触れるか触れないかの位置を指の腹で弄んでいた乳首を抓み、それをそっと押しつぶした。
体が弓なりに反るほどの強い刺激が走って、飛雄馬は思わず目を閉じる。
閉じたまぶたの目尻から溜まっていた涙がこめかみを滑った。
それから花形は空いたもう一方の手で飛雄馬の膨らんだ下腹部をスラックスの上から撫でたかと思うと、そこに掌で圧を与える。
「あ、ああっ!」
びく、びくっ、と飛雄馬は嬌声と共に体を大きく震わせ、自分の顔、その目元に腕を遣った。
下着の中で既にはちきれんばかりに勃起しているそれは花形にスラックスの上からさすられ、軽く押しつぶされ、その先からはだらしなく先走りを漏らしている。
花形は再び飛雄馬に口付けを与えてから、彼の穿くスラックスのベルトを緩めていく。
「な、っ、ん、んっ!」
目元から腕を外し、飛雄馬はファスナーの下ろされたスラックス、その下着の中から取り出された自身の男根を見下ろすと、己の体の上に跨る花形を仰ぎ見た。
「フフッ……完全に出来上がってるじゃないか」
「いったい……あなたは、なんのつもりで、ここに……」
にゅるっ、と握った先走りに濡れた飛雄馬の男根を一息にその亀頭から根元までしごき下ろして花形はニヤリと微笑んでみせる。
ぬる、ぬると先走りを纏わせた手で花形は飛雄馬の裏筋とカリ首の位置を責めつつ、何のつもり?さっき言ったじゃないか……と何やら意味ありげな言葉を囁く。
花形の手がそこを上下する度に飛雄馬の腰は震え、口からは声が漏れる。
その動き、握る強さが何より絶妙で、あっという間に飛雄馬は絶頂まであと少しというところに追い詰められる。
「出そうかね」
花形が訊くと、飛雄馬は小さく頷き、涙の滲む目をしきりに瞬かせた。
とろ、とろと飛雄馬の鈴口からは先走りが溢れ、花形が手を上下に滑らせる度に卑猥な音を立てる。
「い、っ……っ、」
いく、と飛雄馬が身構えたとき、花形はピタリとその手の動きを止めた。
飛雄馬は固く閉じていた目を開け、何事かと花形の顔を見上げる。
「きみばかりいくのは不平等だと思わないかね星くん……」
「なん、で……」
花形は何の躊躇いもなく飛雄馬の男根から手を離すと、今度は代わりに彼の穿くスラックスを握り、それらを剥ぎ取った。
「フフ、せっかくなら一緒に気持ち良くなろうじゃないか」
言って、花形は飛雄馬の片足を曲げさせ、その間に身を置くと、膝立ちになり、自身の穿くスラックスのファスナーを下ろしていく。
「いっ、しょに……?」
開けた前から花形は自身のものを取り出し、飛雄馬の体を己の方へと引き寄せ、その尻へと宛てがった。
その刹那、ゾクッ、と飛雄馬の全身に鳥肌が立つ。
あれを、どうしようというのだ。
おれの腰を引き寄せておいて、まさか、そんな。
「花形さ、っ…………、まっ……」
慣らしもしていないそこに花形は自身のそれを押し当て、腰を打ち込む。
とはいえ、前戯で散々に興奮させられ、やや柔らかくなっているそこは花形を難なく受け入れた。
とはいえ、本来、何かを受け入れるようには出来ていないその窄まりを無理やりこじ開けられ、内壁がじわじわとその形に馴染んでいく様はあまり心地の良いものではない。
腹の中がゆっくりと解れ、花形の形を覚えていくのがわかり、飛雄馬は微かにその体を震わせる。
「ずいぶん、慣れているようだが、もしかして初めてじゃあ、ない?」
花形の質問に、かあっ!と飛雄馬が頬を染めたとき、来客を告げるチャイムが鳴った。
きゅうっ、と驚きのあまり飛雄馬は腹の中のものを締め付け、花形は目を細める。
「星ぃ、遅くなってすまん。その代わり、土産を持って来たぞい」
「っ、伴!開けるな!ち、っ、近くの、喫茶店に……ひ、ぅ、うっ!」
まさかの来訪者に飛雄馬が声を上げたと同時に花形は腰を使い始めた。
まだ腹の中も満足に馴染んでいないのに、ゆっくりとではあるが腰を突き込まれ、飛雄馬の視界は揺れ動く。
「星?どうしたんじゃあ。遅れたことを怒っとるのかあ?」
「ち、っ……がぁっ……あ、あ!!」
ぐりぐりと中を抉られ、奥を責められ、飛雄馬は涙に濡れた目で花形を睨み据える。
「と、とにかく入るぞい」
「入っ……るな、伴っ!!すぐ、いくから……たのむ」
キィッ、と回りかけたノブがゆっくりと元の位置に戻った。
飛雄馬は花形に腹の中を掻き乱されながら、その音をハッキリと耳にする。
「うう……わかったぞい。大通りにあるいつものところで待っちょるわい」
「っ……すぐ、いっ……ん、む」
ホッと飛雄馬が胸を撫で下ろしたのも束の間、花形はその唇へと口付け、呼吸を奪う。
ゆるやかであった腰の動きも鋭く、速いものとなり、飛雄馬は行き場のない手を花形の背へと回した。
「あ……ふ、っ……」
「こっちに、集中したまえ、星くん」
「こんな、ところ……見られて、たまる、っ、う、う!!」
腰を回され、奥深くを反った男根が突き上げて、飛雄馬は花形の背へしがみつく。
「フフ、見られてしまえばよかったのに。どうせ、彼ともそういう関係なのだろう」
「ち、が……う!伴とはそうじゃ、な、っあ、あ!」
花形の背中に爪を立て、飛雄馬は声を上げる。
「…………」
「っ、それ……きつ、うっ!それ……ぇ、っ、ん、ああ」
はしたなく喘ぐ飛雄馬の唇にそっと口付けを落とし、花形は何の前触れもなくその腹の中へと欲を吐いた。
余韻に震え、戦慄く飛雄馬から花形は男根を抜くと、後処理もそのままに衣服の乱れを直した。
横になったまま目を閉じ、荒い呼吸を繰り返している飛雄馬の隣に座ると、花形はだいぶ弱くはなってきたとはいえ、未だ香り続けている薔薇の花束を拾い上げる。
飛雄馬が覚えているのはその情景までで、ハッ!と目を覚ますと既に部屋の中には橙色をした夕陽の光が差し込んでおり、どうやら眠ってしまっていたらしいことが伺えた。
誰かが来ていたような気もするが、いや、それとも誰かと会う約束をしていたような気も……。
飛雄馬が痛む頭を押さえ、体を起こすと、全身も何やらあちらこちらが痛むようで、どうも何かがおかしい。
ひとまず、水でも飲もうかと台所に立ったところで、テーブルの上に置かれた花瓶、そこに入れられた薔薇の花を目の当たりにしたとき、飛雄馬の心臓がドキン、と跳ねた。
まさか、夢だと思っていたことは、事実なのか?
衣服の乱れは誰が直してくれたと言うんだ。
花瓶の薔薇は誰が生けたのだろうか。
ピンポーン、と来客を告げるチャイムが鳴り、飛雄馬は玄関先を振り返ると、はい、と声を上げる。
「星、大丈夫かのう?きさまはさっきすぐ行くと言っていたが、待てど暮らせど姿を現さんので、心配になって来たんじゃい」
「………………」
飛雄馬は扉を開けると、伴にすまん、と声をかけてから彼を招き入れる。
腹が減って死にそうじゃいとぼやく伴に待たせて悪かったな、すぐ行く、と返事をして、彼の待つ玄関先で靴を履くと、共に部屋を出た。