晩餐前
晩餐前 いいよねえちゃん、おれが呼んでくるから、と飛雄馬は濡れた手を拭いては着ていた割烹着を脱ごうとする明子を制し、台所を出た。
飛雄馬はこの日、姉である明子に招かれ花形邸を訪ねていたが、何でも屋敷の家事手伝いを担うお手伝いさんが急病で来られぬということで急遽、夕食作りを手伝うために台所に立つことになったのである。
台所と日本式に言うよりキッチンと称する方が適しているような広々とした花形邸の台所で姉と共に食事の支度をするのは幼い頃を彷彿とさせるようで飛雄馬にとっては何だか懐かしかった。
明子も同じ気持ちを抱いていたようで、野菜の皮を剥いているときなど、指を切らないように気を付けてね大事な手なんだからなどと苦笑混じりに忠告してきて、子供扱いしないでくれよと飛雄馬が笑ったのがつい2時間ほど前になるか。
あとはビーフシチューを煮込めば完成、と言うところで明子が彼を呼んでくるわねと言ったために、それなら自分が、と飛雄馬は花形を招じる役目を担うことになった。
多分、自分の部屋でゴルフクラブの手入れをしていると思うとねえちゃんは言っていたか、と飛雄馬は明子に聞いたとおりに廊下を進み、似たような扉の建ち並ぶ中のひとつを叩く。
けれども返事はなく、部屋を間違ったかと飛雄馬は曲がってきた廊下を振り返り、そこから何番目と明子に言われたとおりに指さし確認をしてから再び扉を叩いた。
が、やはり中から応答の声はなく、飛雄馬は一旦引き返そうかとも考えたが、念の為にとドアノブを握り、それを捻る。
と、ドアノブは何の抵抗もなく回って、飛雄馬は驚く間もなく室内に足を踏み入れると中に置かれたソファーで眠る花形の姿を目の当たりにした。
何やら書類に目を通している間に眠ってしまったのか、ソファーの隅で肘掛けに置いた手で頬杖をつき、長い足を組んだままの格好で花形は目を閉じており、ずいぶんと深く眠っているようでもある。
花形さんがうたた寝とは、明日雪でも降るんじゃなかろうかと飛雄馬が彼を起こすべくそっと足音を立てず顔を覗き込むような形でそばに忍び寄ったところで、今の今まで目を閉じていた花形が突然顔を上げ、目を見開いた。
「…………!」
ドキッ!とまさかの出来事に飛雄馬が後退るよりも早く、花形は上体を起こしざまに彼の後頭部に手を遣り、体を引き寄せる勢いでその唇へと自身のそれを押し付ける。
まさかの出来事に飛雄馬の心臓が馬鹿に跳ねた。
寝ていると思い込んで近くに寄ったと言うのにこんなことになるなんて、と眉間に皺を刻んだ飛雄馬の後頭部に遣っていた手を花形は耳から頬へと滑らせ、優しくその下唇を食んだ。
「あ、うっ……!」
響いた軽いリップ音が飛雄馬の鼓膜を震わせ、ガクリとその場に膝をつかせる。
「ほら、立って。そんな顔をして姉に会うつもりかね」
「くっ…………」
触れられた唇を手で拭い、誰のせいでの喉元まで出かかった言葉を飲み込み、飛雄馬はソファーに腰掛けたままの花形を睨んだ。
「まさか飛雄馬くんが来るとは、ふふっ、ぼくも運がいい」
「…………食事の、用意ができたから呼びに、っ」
「落ち着くまでゆっくりしていきたまえ。その姿じゃ明子には会えんだろう」
花形は唇を笑みの形に歪めたまま、膝をつき、正座の格好を取っていた飛雄馬の股間を組んでいた足を解くなり、そのままグッ、と踏みつけた。
「あ……!?」
花形の口付けを受け、下着の中でやや首をもたげかけていた男根をスラックス越しとはいえ靴下履きの足で踏みつけられ、飛雄馬はビクッと大きく震えた。
踏みつけた足を花形はそれを愛撫するかのように左右にゆるゆると動かして飛雄馬を煽る。
「はな、がたっ!!」
あまりの屈辱に耐えかね、声を上げた飛雄馬だったが、それとは裏腹に下着の中で男根は次第に充血し更にスラックスの前を膨らませ、花形の爪先を押し上げた。
「おや……それはもっとしてほしい、という催促かね」
「ち、がぁ、………あし、っ、ん」
踏みつける脚にゆるく体重をかけられ、飛雄馬は身を戦慄かせると指を噛む。
花形の足は的確に飛雄馬の弱点を責め、布地の上からひときわ敏感な亀頭の位置を嬲ってくる。
溢れた先走りが下着の中を濡らし、花形が足を動かすたびに摩擦し合い、いやらしく音を立てた。
「…………」
「ッ、う、」
びくん!と体を震わせ、飛雄馬がむず痒く体を駆け上がってくる快感の波に身を委ねようとした瞬間、花形は何の前触れもなく、足を離す。
「ご不満かね。もう少しで気を遣りそうだったのに、とでも言いたげな顔だ」
「そんな、ことは……」
「下着を汚してしまっては寮にも帰れんだろう。まあ、もう手遅れとは思うがね」
フフ、と花形は微笑むとソファーから腰を上げ、膝をついたままの飛雄馬の正面に身を寄せるとその顎に指をかけるや否や、そのまま口付けを与えた。
ぬるりと差し込まれる舌の熱さとその動きに飛雄馬は翻弄され、全身を火照らせる。
「いっ、っ、ふ……」
唇の端を伝った唾液に花形は口付け、仰け反るようにして喉を晒した飛雄馬の首筋に吸い付く。
そうしてそのまま、飛雄馬は絨毯敷きとは言え床の上へと組み敷かれてしまった。
花形は押し倒した飛雄馬の首に顔を寄せながら、慣れた手つきで組み敷く彼のスラックスを留めるベルトを緩めていく。
「は…………あ、っ」
薄い肌に強く吸い付かれる微量な痛みが全身に走って、飛雄馬は顔を腕で覆う。
花形は前を開いたスラックスの中に手を入れ、下着の中から飛雄馬の男根を取り出すとそれを間髪入れず上下に擦り始めた。
それだけでなく、吸い付くばかりであった首筋に淡く歯を立て、舌を這わせつつ先走りをとろとろと溢れさせる鈴口を花形は指の腹で優しく撫でる。
「1度、出しておこうじゃないか飛雄馬くん……」
囁かれたが、飛雄馬は首を横に振り、強く歯を食い縛る。
花形の言いなりになどなってたまるものか──しかして、そう思ったのも一瞬のことで、花形は男根を責める手法を変え、今度は射精に導くかのごとくそこを弄び始めた。
「確かきみは、ここが弱かったね」
カリ首と竿の繋ぎ目、そのくびれの場所を花形は先走りに濡れた手で執拗に責め、飛雄馬の唇を啄む。
「っ、く、ぅ…………」
「堪えても何にもならんと思うがね」
「あ、ぁっ」
ぬるっ、と一息に亀頭を絶妙な力加減でしごかれ、飛雄馬は花形の手の中にどくどくっと精を吐いた。
花形は1度、体を起こしてからスラックスの尻ポケットからハンカチを取り出し体液の付いた手を拭うと濡れた面を内側にして畳み直し、再びポケットへと忍ばせる。
そうして、射精を終え、半ば放心状態の飛雄馬の唇に口を寄せつつ彼の足からスラックスと下着とを抜き取ってやった。
「…………!」
花形の体を両足に挟み込むような体勢を取らされてそこで飛雄馬はハッ!と顔を上げる。
すると花形は己の指を口に含み、唾液を纏わせている最中で、飛雄馬は奥歯を噛み締めた。
「明子のことが気になるかね」
「ねえちゃんのはなしを、今はしないでくれ」
「ここまで来たところで、勝手に入ってくるようなことはしないさ。安心したまえ」
「安心、だって……?こんな、こと、っぁう」
唾液を十分に纏わせた指を花形は飛雄馬の立たせた膝と膝の間、その中心部に当てがいゆっくりとその入り口を撫でた。
花形の指がくりくりとその窄まりの上を滑るたび、飛雄馬は身を震わせ、立てた膝を揺らす。
と、花形はそこから飛雄馬の中へと指を飲み込ませてゆっくりと中を探る。
「う、ぅ…………」
腹の中をぐずぐずと花形の指が縦横無尽に動き回って、その何とも言えない感覚に飛雄馬は目を閉じる。
しかして、目を閉じたせいで腹の中で指が這い回るその微妙な動きまでが感知できて飛雄馬はその指から逃れるように尻の位置をずらした。
すると、そのせいで指がぬるんと飛雄馬から抜け出て、花形はもういいのかね、と訊いた。
「なに、が……?」
「指では物足りん、とそう言いたいのだろう。少し慣らしてやろうと思ったが、それでは不満らしい」
「そんな、ことは……っ、」
逃げ出さなければ。
おれはこんなことをしにこの部屋を訪ねたわけじゃない。
ねえちゃんが食事の準備をして待っているのに、この人はどうしてこんなことができるのか。
花形は膝立ちになるとスラックスのファスナーを下ろし、中から自身の怒張を取り出す。
それを目の当たりにし、飛雄馬はドキッ、と身を強張らせた。
「…………」
そんな飛雄馬の様子に気付いているのかいないのか──花形は己の体を挟むような格好を取っている足を脇に抱え、自身の腰の位置まで尻を引き寄せると先程まで慣らしていた箇所へ男根を押し当てる。
飛雄馬の顔が引きつり、眉間に皺が寄った。 花形は腰を打ち付けるようにしてゆっくり、時間をかけ飛雄馬の中に己を飲み込ませていく。 
熱い襞が花形を包んで、奥へ奥へと彼を誘いながら締め付けてくる。
「ん、んっ」
腰を使い、すべてを挿入させてから花形は飛雄馬の体の傍ら、左右それぞれに手をつくと、やっと腹の中の異物感に慣れたか寄せた眉根を解いた飛雄馬の額に口付けた。
それから、少し腰を引いて飛雄馬の中から己を僅かに抜き出すと、その尻を己の腰で叩くようにして再び根元まで突き入れることを繰り返す。
あっ!と短く呻いて体を弓なりに反らした飛雄馬の顎先に唇を寄せ、花形はゆっくりとしたスピードで腰を叩きつける。
そうすると、飛雄馬の中も次第に花形の形に否が応でも馴染み、体の緊張も解れたか声を上げ始めた。
「あ、あっ……」
飛雄馬が喘ぎ、身をよじると腹の中が締まって、花形はにやりと唇を笑みの形に歪める。
顔を背け、赤く染まった耳を晒した飛雄馬のそれに口付け、花形は入り組んだ窪みを舌先でなぞった。
「ンぁ………っ、ふ、ぅうっ」
「ほら……もっと締めて。あまり遅くなると明子が心配するだろう」
「だれが、っ、はじめたこと──っ、!」
飛雄馬の右足を脇に抱え、花形はより深く己を彼の腹の中に埋めると体重をかけながら腰を振る。
「名残惜しいがそろそろ限界来てしまうね……」
「あっ、ア、ぁあっ、そ、こ」
「ふふっ……あえて避けていたのに、自分から来るとは」
体をくねらせ、飛雄馬は無意識に己の良いところに花形のそれが当たるよう誘導する。
固く勢いのあるものが腹の中を抉って、擦って飛雄馬を昂ぶらせていく。
「うあ……ぁっ……───!」
「っ……」
すんでのところで花形は飛雄馬から男根を抜き、彼の腹の上に白濁を撒いた。
飛雄馬もまた絶頂を迎えており、体をひくひくと戦慄かせながら小さく腹を上下させている。
「…………明子には後から行くと伝えていてくれたまえ」
「え…………?」
後処理を終え、身支度を一足先に終えた花形がソファーに座り直すと再び書類を手に取る。
絶頂の余韻が覚めやらぬままにそんな言葉をかけられ、飛雄馬は体を起こすと、なぜ?と尋ねた。
「……少し、やり残したことがあってね」
「…………」
飛雄馬はそれきり、口を開くことはせず、下着とスラックスを身に着けると花形を残し部屋を出る。
やり残したこととは、一体なんです?と訊きたいのは山々だったが、これ以上ねえちゃんを待たせるわけにはいかない、と飛雄馬は悶々とした気持ちを抱えつつ、明子の待つ台所に向かうと、花形の言葉をそのまま伝える。
明子は、そう、とだけ言うと、しばらく黙ったのち、それじゃあ私達だけで食べておきましょうと顔を輝かせた。
その笑顔に飛雄馬の胸がチクリと痛む。
皿に盛り付けられ、ダイニングのテーブルに並べられたビーフシチューを前に、飛雄馬はいただきますと手を合わせてからスプーンで1口分、皿の中身を掬う。
「おいしいよ、ねえちゃん」
飛雄馬は明子に微笑みかけると、そんな言葉を口にした。
ありがとう、と明子もまた飛雄馬につられるようにして微笑む。
が、その顔にはほんの少し、寂しげな色が見え隠れして、飛雄馬は泣きそうになるのを堪え、それを悟られぬよう、ビーフシチューを黙々と口に運ぶことに専念した。