伴の悩み
伴の悩み 真夜中、伴は、ふと、耳に入った妙な音で目を覚ます。自分の頭上で何かが風を切るような、何かを懸命に振っては戻しを繰り返すような──そうして、はたと気付けば、隣で眠っていた親友の姿がなく、伴は、星!と叫ぶなり、布団の上に横たえていた体を起こした。
「すまない、起こしたか」
「な、なんじゃあ……近くにおったのかあ。姿が見えんからびっくりしたぞい」
伴が体を起こすと同時にその奇妙な音は鳴りをひそめ、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がった親友・星飛雄馬の姿から、例の音は彼が手にしたバットを振っていたがために聞こえていたのだということを知る。
寝間着代わりの浴衣姿のまま、バット片手にその場に佇む飛雄馬の姿──に、伴は胸を撫で下ろしつつ、しかしどうしたんじゃこんな夜中に素振りとは?と尋ねた。さっき、わしが帰ってきて布団に潜り込んだときにはぐっすり眠っていたじゃないか、と。
「サンダーさんに教わったことを忘れんよう、今のうちに体に叩き込んでおこうと思ってな」
「こ、こんな真夜中にかあ?寝る前にもしちょったんだろう」
「……起こして悪かった」
飛雄馬はそう言うと、部屋の中を少し歩き、廊下へと繋がる襖を開けようとする。
「わっ、ちがう!そうじゃのうて、わしゃ星の身が心配で……朝早くからこんな夜更けまでずっとバットを振りっぱなしで、手だってマメだらけじゃろう」
「……伴だって現役時代には経験したことだろう」
「そ、そりゃ、そうじゃが……痛々しゅうて見ちゃおれんのよ」
しゅん、と大きな体を縮こまらせ、伴が言うと、飛雄馬はふふっと笑みを溢し、おれは毎朝仕事に遅刻するお前の方が心配だとからかった。
「もう少ししたら寝るつもりだ。いつも心配かけてすまないな」
「隣に寝とると思ったらおらんで驚いたぞい。まったくもう」
「…………」
無言のまま、飛雄馬は部屋を出て行き、今度は板張りの廊下にて素振りを再開させた。
広い廊下ゆえ、何かにぶつかる、物を壊すという心配はないが、家屋云々以前に伴からすれば飛雄馬の体の方が心配である。
こんなに根詰めて倒れやせんじゃろうか。
星はいつも頑張りすぎるからのう。
睡眠も練習のうちということを教えてやらねば。
とは言え、わしは遅刻ばかりでいかんのう。
他の役員たちに示しが……いやいや、そうじゃのうて……。
伴がぼやいていると、ようやく納得いくまでバットを振るに至ったか、飛雄馬が開けた襖の隙間から顔を出した。
「まだ眠っていなかったのか」
「星が心配で眠るに眠れんわい」
「おれはいつも伴に心配をかけてばかりだな」
「そ、そうじゃい!心配する方の身にもなってほしいわい!休養も練習のうちぞい!」
そう言うと、伴は近くに腰を下ろした飛雄馬の潰れたマメを消毒してやるために立ち上がる。
確か消毒液と傷によく効く塗り薬、それに包帯を部屋に置いていたはず。
箪笥の上だっただろうかと目星をつけ、飛雄馬に断ってから部屋の灯りをつける。
暗い部屋が瞬く間に蛍光灯の光に煌々と照らされ、ふたりは一瞬、眩しさに目を細めた。
すると、予想していたとおり箪笥の上に置かれていた薬箱が目に入って、伴はそれを手にすると飛雄馬の対面に座る。
「手当したところでまたどうせできては潰れの繰り返しだ。そうやって皆打者の手を作っていくんだろう」
伴が何をしようとしているかを察したか、飛雄馬はマメが潰れ、血の滲む指の付け根を掌に握り込む。
「しかしバイキンでも入ったらどうするんじゃ」
「今更何を言い出すんだ、まったく心配性なのは相変わらずだな」
ふたり、顔を見合わせ、しばし見つめ合う。
あれから互いに少し背は伸び、伴には年相応の貫禄がついたし、飛雄馬はいつも短く刈っていた髪を伸ばしっぱなしにしており、今はその癖のある黒髪も素振りのせいで汗をかき、僅かに濡れている。
そうして、先に仕掛けたのは伴の方で、目を閉じるとやや傾けた顔を飛雄馬へと寄せた。
「……これだけだぞ」
囁き、飛雄馬もまた顔を伴へと寄せ、唇に触れる瞬間に目を閉じる。
びく、とそれに驚いたか伴が体を震わせ、飛雄馬もつられるようにして身を強張らせた。
「う、すまん」
唇をほんの少し、離して伴が謝罪の言葉を口にした。 「謝る必要はない。ほら、寝ようじゃないか」
「ん」
唇を突き出し、二度目をせがむ伴に対し、飛雄馬は呆れたように大きく溜息を吐くと、再び口を寄せる。
尖らせた唇を開いた口で食むようにして飛雄馬は口付けを与えてやった。
と、何を思ったか伴は飛雄馬の脇の下に腕をくぐらせ、その身を強く抱き寄せたではないか。
そればかりか、飛雄馬の慌てて閉じ合わせた唇へと開けた口から覗かせた舌を這わせた。
「あ、ぅ、……っ、」
伴の体を押しのけようと腕を伸ばしかけた飛雄馬だったが、潰れたマメが痛み、拒絶をするに至らない。
ゆえに、その無抵抗を同意のそれと取ったか、伴は抱き寄せた飛雄馬の体をそのまま布団の上へと押し倒した。しまった!と飛雄馬が歯噛みしたときには既に、伴の顔は首筋に埋められている。
濡れた舌が喉の上を滑り、薄い皮膚を唇で吸われて、飛雄馬は声を引き攣らせた。
こうなるのなら気を許すのではなかった、しかし、今更後悔したところで後の祭りである。
人の心配をしておきながらこの様は何なのだ。
結局、こういうことをしたいだけじゃないのか、伴のやつ……。
心中で悪態を吐きつつも、飛雄馬は伴の与えてくる愛撫に身をよじり、声を上げる。
いけない、流されてはいけない、伴!
「っと……いかんいかん。わしとしたことが」
ハッ、とそこで正気に戻ったか、伴は体を起こすと飛雄馬から離れていく。
「…………」
今までにない伴のまさかの行動に飛雄馬は恐れ慄きはしたが、安堵したのも事実であり、部屋の天井を見上げると、腹の底から大きな溜息を吐いた。
「すまん、星よう。ついムラムラと……いや、こっちの話ぞい」
「いや……思いとどまってくれてありがとう」
「て、手は本当にこのままなにもせんままでいいのか」
「……ああ、布団が汚れてしまうな。包帯だけでも巻いておくか」
「よっしゃ、まかせい」
体を起こした飛雄馬の手に、伴は薬箱から取り出した傷薬を塗ると慣れた手つきで包帯を巻いてやる。
「…………」
「よし、これで大丈夫じゃい。薬も塗っとるから痛みも腫れもじき引くと思うぞい」
「ありがとう、伴」
「なに、ええわい。気にするな。よし、手当も終わったところで寝るとするか、星よ。朝はサンダーさんとランニングに出かけるんじゃろう」
よそよそしく伴は話しかけ、薬箱の中に取り出した包帯や傷薬類をしまい込むと、部屋の明かりを消すため立ち上がった。
蛍光灯から下がる紐を二、三、引くと部屋内は再び闇に包まれ、伴は飛雄馬の隣に体を横たえる。
「……伴よ」
「なんじゃい。さっき休養も練習のうちと言うたじゃろ」
「堪えてくれてありがとう。辛かろうが、お互いのためだ」
「…………」
ああ、わしは一生、星には敵わんわい、と伴は胸元に顔をすり寄せてきた飛雄馬の体を優しく抱いてやりつつ目を閉じる。まったく生殺しじゃい星のやつう、人を一体なんじゃと思っとるんじゃい。
腕の中で寝息を立て始める飛雄馬の名前を呼ぶと、伴もまた目を閉じる。
そうして、寝坊し会社に遅刻した伴は他の役員の前で会長である伴大造に怒鳴られ、意気消沈の身となるのだが、それはまた後の話。


◆◇◆◇◆◇◆

はあ〜、と大きな溜息を吐く伴を前に、飛雄馬とこの屋敷でお手伝いさんとして働く──おばさんはそれぞれ顔を見合わせた。
伴が遥々米国から呼び寄せたビル・サンダーも食卓に着いたままその大きな目をしきりに瞬かせている。
いつもならどんぶりと形容して差使えないような大きな茶碗一杯のめしを二、三度お代わりする伴だったが、今日は夕飯に箸をつけず、溜息ばかりを繰り返していた。
「ミスター・伴、ドウシマシタ。溜息バカリ吐イテ……何カアリマシタカ」
見かねたビル・サンダーが伴に尋ね、おばさんも、そうですよ、宙太坊ちゃんらしくない、と続ける。
「今日も親父に怒られてのう。わしゃこの仕事、向いとらんのかのう」
「………………」
親父さんに怒られるなんて日常茶飯事のことだろうに、今日に限ってどうしたというんだ、と言うのがこの場にいる三人の胸中であった。
とは言え、あえて口に出す必要もなく、三人は溜息を吐く伴を前に黙り込む。
それからビル・サンダーはシャワーを浴びると廊下の奥に消え、残された飛雄馬とおばさんは伴を前にどうしたもんかと頭を抱えた。
「はあ〜」
「……おばさん、あとはおれがやります。伴を待っていたら帰りが遅くなるでしょうし」
「星さんのお言葉に甘えたいのは山々ですが、このまま帰っても眠れなさそうでねえ……こんな宙太坊ちゃんを見たのは初めてですから」
「伴、どうしたんだ。皆心配しているぞ」
「……おばさん、星の言うとおりじゃあ。もう今日は帰ってくれえ。わしゃ飯など食べる気がせんわい」
「…………」
このままでは埒が明かぬと踏み、飛雄馬はおばさんに何かあったらすぐ連絡しますからと告げ、彼女を帰宅させた。最後まで名残惜しそうにしていたが、おばさんが残っていてもどうにもなるまいと言うのが飛雄馬の考えであり、自惚れを承知しながらも無二の親友である自分なら、伴の話を聞けるのではないかと考えてのことである。
「なあ、星よう、怒らずに聞いてくれえ」
台所に置かれたテーブルの定位置に着いたままの伴がぽつりと口を開く。
「どうした。おれでよければ聞こうじゃないか」
サンダーさんと、おばさんには聞かれたくない話なのか。一体それはどんな話なのか。
飛雄馬は些か前のめりになりつつ伴の言葉を待った。
「星と、したいんじゃあ。毎日そんなことばかり考えてわしゃ仕事が何も手につかんのよ」
「はあ……?」
思わず飛雄馬は顔を引き攣らせ、眉をひそめる。
「わしゃ一生懸命やっとる星の邪魔はしたくないし、負担にもなりたくない!星の球界入りが今のわしの唯一の楽しみじゃし、出来る限り力になりたいと思っちょる。じゃが、その……あの……」
「…………」
顔を真っ赤にしつつ、もじもじと指遊びをする伴に呆れ、今度は飛雄馬が大きな溜息を吐く。
「う、う……すまん……怒らんでくれ」
「とりあえず、めしを食べろ。そして溜息を吐くのはやめてくれ。こっちまで気が滅入ってくる」
「そ、それじゃあ……」
見る見るうちに伴の表情が明るくなるのとは対照的に、飛雄馬の顔には陰が差す。
一度や二度拒んだくらいでそこまで思い詰めるとは、お前の頭の中にはそれしかないのかと飛雄馬は罵りたくなるのを堪え、考えておく、とだけ返すと伴を残し、台所を出た。
居室として与えられた部屋に戻る道中、シャワーで汗を流したビル・サンダーと鉢合わせ、飛雄馬は、どうもと小さく頭を下げる。
「ミスター・伴ノ様子ハドウデスカ?」
「いつものことですよ。じき治ります」
まさか事実を言えるはずもなく、飛雄馬は言葉を濁すと、ご心配をおかけしてすみませんと会釈し、居室にて下着類を手に取り、ビル・サンダーと入れ替わりで浴室へと入る。
まったく伴のやつときたら、おばさんやサンダーさんにまで心配かけて……いや、元はと言えばおれのせいなのだろうか。
おれが伴を拒絶せず、素直に受け入れてさえやっていれば誰にも心配をかけずに済んだのだろう。
伴の気持ちもわからんではないが……。
「…………」
飛雄馬は悶々とした気持ちを抱えつつも、髪と体を洗い、肌に付着した泡を熱い湯で流す。
そうして、体を温めてから浴室を出ると、バスタオルで水気を吸ってから下着を穿き、浴衣を羽織った。
タオルで髪を拭いながら飛雄馬は居室へと向かうが、その足取りは重い。
伴には世話になりっぱなしで、お返しなど何ひとつ出来ていないが、果たしてこれでいいのか。
サンダーさんの教えを仰ぎ、無事長島さんと共に前を見つめられるようになってからでもいいんじゃないのか。伴には悪いが、本当に申し訳ないと思うが、どうか堪えてはもらえんだろうか…………。
飛雄馬は辿り着いた先、部屋の出入口の襖の前に立つと、大きく息を吸う。
サンダーさんは眠ってしまったのか、部屋の明かりは消えている。
飛雄馬は肺に取り入れた空気を思いっきり吐き出すと、一息に襖を開け、中へと足を踏み入れた。
すると暗い部屋の真ん中には布団が一式、既に敷かれていて、スーツ姿のままの伴がその傍らに座っている。ぎく、と飛雄馬は思わず身構えたが、腕を組み、正座の姿勢を取っている伴を睨みつけ、鋭い声で彼の名を呼んだ。
「伴!」
「星、すまん。さっきのことはどうか水に流してほしい」
飛雄馬が続きの言葉を口にするよりも早く、伴は畳に両手をつき深々と頭を下げた。
「…………!」
まさかの事態に面食らい、飛雄馬は二の句が告げぬまま固まる。すると伴が、星の気持ちを考えもせずに自分の欲ばかり優先して本当にすまない、と額を畳に擦りつけたまま謝罪の言葉を続けた。
飛雄馬は思わず涙しそうになるのを堪え、頭を上げてほしい、と彼の傍に歩み寄ると、その場で膝を折る。
「し、しかし……」
「ふふ……お前ってやつは」
「なっ、涙?」
ぽろりと飛雄馬の頬を一筋の涙が伝い、それを受け、伴は慌てふためく。
「いや、髪の滴だ。気にするな」
「すっ、すまん、そんな、わし……」
肩にかけたタオルで目元を拭い、飛雄馬は微笑む。
と、伴が神妙な顔をしてにじり寄って来て、飛雄馬は流れのままに目を閉じそうになり、慌てて互いに距離を取る。
「…………」
「ああ、もう、わしゃ自分がつくづく嫌になるわい。星、すまんのう」
「伴、静かにしろ。サンダーさんを起こしてしまうぞ」
顔を背けた伴の懐に入り、飛雄馬はそっとそんな言葉を囁く。
「う、うっ、星、やめろ、寄らんでくれい、それ以上」
「…………」
ああ、そうだ、おれはこんな伴だから好きなのだ。
思ったことはすぐ行動に移す向こう見ずで、それでいて、人の気持ちにもきちんと寄り添ってくれる。
おれさえ我慢すればいい、とさっきまでそう、考えていたのに、伴の口からあんなことを言われてしまっては、これくらいでよければ、と思ってしまうじゃないか。襖を開けるまで、どう断ろうかとそんなことばかり考えていたというのに、自己中心的極まりないのはおれの方。
ぎゅっと強く引き結んだ伴の唇に飛雄馬は自分のそれを押し当て、彼の首へと腕を回す。
「っ、」
「力を抜け、伴。初めてでもないだろう」
ふふっ、と飛雄馬は笑い声を上げ、ゆるゆると口を開けた伴の唇へと再び口付けると、舌先で彼の前歯をなぞる。
「ばっ、バカタリ!星、いい加減にせい!」
「明日から仕事に励めよ、伴」
飛雄馬は言うと、伴の首に縋ったまま後ろに体重を掛け、畳に倒れ込む。
伴は飛雄馬の体の上へ覆いかぶさる格好で畳に両手を着き、崩れ落ちるのを堪えた。
「星、きさま、何を考えちょる。わしの下敷きにでもなったらただじゃすまんぞい」
「受け身など慣れたものだろう」
「ええい、知らんぞ、もう」
「…………」
飛雄馬は伴の顔を見上げ、にこりとその顔に笑みを浮かべる。と、そのまま伴の顔が近付いてきて、目を閉じ、彼の口付けを受け入れた。
腰のあたりを弄る手があって、浴衣の帯が解かれる音を飛雄馬は聞く。そうして、立てた膝の間、下着の上から膨らみつつある一物を撫でる手の熱さに、肌を粟立たせた。
「ん、いかん。汚れてしまうな」
「あ、っ……っ、」
雰囲気も何もないな、と飛雄馬は無遠慮に下着の中に滑り込んできた指に体を震わせ、眉間に皺を寄せる。
下着を剥ぎ取ろうとする伴の動きに合わせ、飛雄馬は腰を浮かすと、そのまま足の上を滑る下着の感触に喉を鳴らす。
初めてではない、初めてではないが、何度やってもこの一連の流れに慣れることはない。
いくら男同士、同じ体の造りをしているとは言え、伴はこれを恥ずかしいとは思わないのだろうか。
何やら伴がジャケットのポケットから取り出すのを飛雄馬は見守り、その取り出したものの中身を指で掬う様を眺める。
あれは整髪料だとか伴は言っていたか。
開いた足の間、尻の中心へと伴が指で掬ったものが塗り込まれ、飛雄馬は自分の一物の先からとろりと生温かいものが溢れて、その表面を伝ったことに奥歯を噛んだ。
「い、痛かったか?」
「いや、大丈夫だ……」
伴の指の大きさの分だけ、飛雄馬の入口は拡張され、内壁の表面を中へと侵入した指が撫でる。
飛雄馬の立てた膝、その爪先がもどかしさから畳を掻き、口元に遣った手に拳を握らせた。
じわりと肌の表面に汗が滲んでくるのがわかる。
伴の二本目の指が中へと入り込んで、入口を慣らそうと浅い箇所を探った。
「っ、っ……ふ、ぅっ……」
伴の指が中を行き来するたびに声が漏れ、その指先が時折掠める箇所から全身に走る甘い痺れが心地よく、飛雄馬は固く閉じた目、そのまつげを震わせる。
と、頼りなく腹の中を探っていた指が離れていき、飛雄馬はハッ、とそこで顔を上げ、自分の足の間に視線を遣った。
「い、いくぞ、星」
「…………」
ここで嫌だと言おうものなら、伴はどんな反応を見せてくれるのだろうか、と飛雄馬はそんな良からぬことを考えつつ、入口を押し広げつつ腹の中へと入ってくる圧に顔をしかめる。痛さはさほど感じない。
それよりも、伴の体の幅に合わせて開いた足の股関節が痛む。
大きな腹に押さえつけられ、飛雄馬は背中を逸らす。
すると、晒した喉に伴が口付け、より深く挿入するべく飛雄馬の尻へと腰を押し付けた。
「…………く、ぅっ、」
ぞくり、と肌が粟立ち、飛雄馬は身をよじる。腹の中を限界まで満たした伴の存在に、未だ慣れない。
「う、いかん……出そうじゃ」
「…………」
こちらとしても、そちらの方が助かるが、の言葉を飲み込み、飛雄馬は伴が握ってきた手に指を絡ませた。
腰を引き、伴がゆっくりと飛雄馬の中を擦る。
「はぁ、っ…………」
限界が近いのか、伴の息が上がってきて、飛雄馬はようやく解放される、とどこか冷めた自分がいることに気付く。が、それも束の間、一度は射精したはずの伴が衰えることなく、今度は中を探るようにしてより奥を抉ってきたために、思わず呻き声を上げた。
「ばっ、伴……っ、よせ、」
中に出された精液のせいか、内壁を擦る伴の動きはいつもより滑らかで、飛雄馬は絶えず与えられる快感から逃れようともがく。
まさか、二回戦に縺れこむなどとは思ってもおらず、飛雄馬は上気した頬に涙を伝わらせる。
今の伴には何を言ってもだめだ、こちらの声など届いていない。逃れようにも、大きな腹に押さえつけられおり、絡ませた指のせいで身動きが取れない。
「いっ、っ…………、あ、ぁっ!」
絶えず擦られた箇所から全身に甘く痺れが広がって、飛雄馬は絶頂を迎えるとともに声を上げた。
しかして、伴の動きが止まることはなく、そればかりか体の両脇で揺れていた飛雄馬の足をそれぞれ腕で抱え込み、前のめりの格好を取った。
「っ──、」
震えた唇をそのまま塞がれて、飛雄馬は伴の首に縋りつく。舌を絡ませ合って、溜まった唾液を飲み込む。
それから程なく、二度目の射精を腹の中で感じつつ、飛雄馬はようやく畳に全身を預けた。
体は汗に濡れ、その白い腹は呼吸のたびに戦慄く。
「ほ、星、すまん、大丈夫か」
「………………」
大丈夫に見えるのか、これが、と言いたいのを堪え、飛雄馬は目を閉じ、畳の上に足を投げ出す。
「な、何か飲むか?水か?それとも茶でも──」
「……水でも、貰おうか」
咳込みつつ、飛雄馬は体を起こす。
着ているとは名ばかりの浴衣は汗を吸い、冷たくなっている。風呂に入り直して、着替えねば風邪をひいてしまう。しかしそれをすれば寝るのが遅くなる。
伴がわかった、と言うなり部屋を飛び出し、廊下を駆け出すのを目で追いつつ、飛雄馬は、あの馬鹿……と溜息を吐いた。
サンダーさんが起きたらどうするつもりだ、まったく単純なんだから、と伴が近くに置いてくれていたティッシュで尻を拭い、飛雄馬は手探りで下着を探し当てるとそれに足を通す。
そうして、伴が持ってきたコップ一杯の水を飲み干した。
この数時間後に、晴れ晴れとした表情で珍しく寝坊もせず出勤していく伴と、これまた珍しく寝不足顔で佇む飛雄馬の姿をビル・サンダーとおばさんが目の当たりにし、不思議そうに首を傾げることになるのを、このふたりはまだ知らない──。