この雨では身動きが取れない。
いくら野球ができぬ体になったとはいえ、肩を冷やすのは今後のためにもよくないだろう。
飛雄馬はとっくに閉店してしまったらしい幹線道路沿いの煙草屋の軒下で、大粒の雨を吐き出し続ける鈍色の空を仰ぎ見る。
手持ちも少ないし、近くに雨を凌げそうな宿も見当たらない。
仕方ないが、今日はこのままここで夜を明かすとしよう。
朝になったら駅前に行って、日雇いの仕事を探すことにしよう。
飛雄馬は雨に濡れてしまったサングラスを外すと、着ている紺色のシャツの裾をスラックスの中から引き出し、雫をそれで拭った。
と、目の前の道で何やら見慣れぬ車が雨水を跳ね上げながらけたたましいブレーキ音を立てて止まり、飛雄馬は何事かとばかりにレンズを拭うために俯けていた顔を上げる。
煙草でも買いに来たのだろうか。
ここは生憎と閉まっているのに、と黒い紳士用の傘で顔を隠した、これまた値の張りそうなスーツに身を包んだ彼の姿を目の端に留めた。
こんな雨の日にわざわざ車から降りて来るなんて、運転手にでも頼めばよいものをと飛雄馬は思いながらも、「ここはもうやってないぜ」と彼に煙草屋の閉店を告げる。
「…………」
「?」
傘を手にしたまま、男が自分の前で立ち止まったことを訝しみながらも飛雄馬はようやく水滴の跡が消えたサングラスを着用し、何気なく彼の顔を見遣った。
この煙草屋の店主の知り合いか何かだろうか。
それとも、この身なりから察するに、地上げ屋か何かか。
飛雄馬は彼の正体を見極めるべく、その姿をじっと見つめる。
するとどうだ、目の前に立つ彼がおもむろに手にしていた傘を傾け、その正体を現したではないか。
飛雄馬は、あっ!と声を上げ、その場に一瞬、呆然となったが、すぐさまこの場から離れようと駆け出した。
が、それよりも早く、彼は飛雄馬の腕を取ると、久しぶりに会った義理の兄にその仕打ちはあんまりだと思わないか、と低い声で囁いてきたではないか。
「し、知らん!おれにあんたのような知り合いはいない!」
「嘘をつくのはよしたまえ、飛雄馬くん。それならなぜ、今、きみはこの雨の中逃げようとしたのかね」
「っ、離せ……!今は、誰にも会う気はない!」
「このままここにいたら風邪をひく。来たまえ」
「いらん!あんたに世話になる気はない!」
「……近くにぼくの屋敷があってね。今日は明子も帰っては来ないし完全に家にはぼくひとりだ。雨が止む間だけでも寄るといい」
「断る!そんな見え透いた嘘を信じるほど落ちぶれちゃいない」
「わかった。それならどこか宿を取りたまえ」
言うと花形は、スラックスのポケットに手を遣ると、財布を取り出すや否や、中から聖徳太子の書かれた札を2枚ほど抜き取った。
「なんのつもりだ、それは」
「何も言わず受け取りたまえ。このまま見過ごすわけにはいかんからね」
「花形っ!」
飛雄馬は叫ぶと、花形の手を振り解き、その頬を張ろうと腕を振りかぶる。
しかしてその挙動は完全に見切られており、万札と傘とが地面に落ちるのと同時に、飛雄馬の両腕は花形の両手で容易く捻り上げられていた。
「腕もまだ本調子ではないのだろう。でなければぼくの手を振り解くことなど、きみの力なら造作もないはず」
「こ、のっ……!」
「人が集まり始めている。大人しくしたまえ」
花形の言葉に、飛雄馬はハッ!と辺りを見回す。
色とりどりの傘を手にした野次馬が何事かと周りに集い始めており、あれは昔阪神にいた花形じゃないか?などという声が上がっているのを今頃になって飛雄馬はようやく察する。
それを受け、ふっと飛雄馬は腕の力を緩めると、そのまま花形の指示に従うようにして、停められていた車に乗り込んだ。
「待たせたね」
差してきた傘を閉じ、後部座席に体を滑り込ませるや否や、花形が運転手に対し、そんな言葉を投げかける。
「いえ、お気になさらず」
「等々力の自宅にやってくれたまえ」
「承知しました」
運転手がチラとバックミラー越しにこちらを見遣ったのが恥ずかしく、飛雄馬は顔を逸らすと、唇を引き結ぶ。
花形は飛雄馬のその仕草から何かを感じたか、そう臍を曲げんでほしいものだ、と優しく声をかけた。
「…………」
「ずっと興信所にきみの行方を捜させていたのさ。いつもギリギリのところで逃げられていたがね。なに、ぼくだけじゃない。きみの親友の伴くんだって同じことをしている」
果たして、この男の言葉を、どこまで信用していいものかと飛雄馬は隣に座る彼の言葉を訝しみながらも、今になって震えが来た腕を手でさする。
  いくら夏とはいえ、日の落ちたあと、雨に降られれば体が冷えるのは当然である。
すると、おもむろに花形は着ていたジャケットを脱ぐなり、飛雄馬の肩にそれを羽織らせてやった。
「…………」
飛雄馬がかけられたジャケットのぬくもりに気付き、顔を上げると彼は運転手と談笑を始めており、何を意図してのことなのか伺い知れなかった。
そのうちに、花形の屋敷に到着し、ふたりは車を降りると玄関から中へと入った。
花形の言葉通り、明かりはすべて落とされており、屋敷には誰もいないことを飛雄馬に教える。
部屋の明かりを灯しながら花形は、飛雄馬に体を温めるために風呂を勧めた。
廊下を行ってすぐだからと言われたものの、想像していた廊下の何倍も広く、長いそれを前にし、飛雄馬は恐れ慄いたが、やっとのことで浴室を探し当てると、その中に足を踏み入れた。
濡れた衣服を脱ぎ捨て、サングラスを取ってから、広い浴室の中で熱い湯を頭からかぶる。
ようやく、生き返ったような気がして、飛雄馬は大きく息を吐くとシャンプーやボディソープ類を拝借し、体の汚れを落としていく。
「着替えは」
「!」
シャワーでシャンプーを流していた飛雄馬は脱衣所の方からふいに声をかけられ、ぎくっ、と体を震わせる。
「ふふ、着替えはここに置いておくよ」
「…………」
花形さんには、どうやら、おれが驚いたこともお見通しらしい、と飛雄馬は彼が溢した笑みに思わず頬を染めた。
雨はまだ、降っているのだろうか。
この広い屋敷の中から、外の様子はまったくわからない。
泡を流し、シャワーで体を温めてから飛雄馬は浴室を出る。
と、出てすぐのところにタオルと封の切られていない新品の下着、それにパジャマが一式きちんと揃えて置いてあった。
飛雄馬は体の雫をタオルで拭うと、下着に足を通し、それぞれの上下を羽織った。
それから、入ってきたように扉を開け、廊下に出ると、そこには壁を背にした花形が立っており、飛雄馬は再び、ビクッ!と全身を総毛立出せる羽目になる。
花形は寝室は階段を上がってふたつめの部屋さ、と言い残し、そのまま廊下の奥へと消えていった。
わざわざ、それを言うだけのために、花形さんはここで待っていたんだろうか。
飛雄馬は少し行った先にある、部屋の扉を開け、中に入った彼の姿を見つめつつ、一体どういう風の吹き回しなのかと花形のこれまでの言動を思い返す。
ねえちゃんやおれに、恩を売る気なのか?
おれを匿って、何をしようと言うのだろう。
このまま眠ってしまっては、花形の思う壺だろう。
きっと、何か考えがあってのことだ。
今まで散々、花形さんには裏をかかれてきたのだから。
飛雄馬は花形に案内されたとおりに廊下を戻り、階段を昇ると、寝室だと言われたふたつめの部屋の扉を開ける。
灯りをつければ、綺麗に整頓された寝室がそこにはあって、恐らく、この屋敷に泊まった人間が時折、使用する部屋なのであろうことが感じられる。
飛雄馬はひとりで眠るには十分すぎるほど広いベッドの端に腰を下ろすと、項垂れ、大きく息を吐く。
すると、一息ついたことで周りの様子に気が配れるようになったか、窓を風が揺らし、雨がガラスを叩く音が耳に入って飛雄馬は顔を上げ、光った稲妻の眩しさに目を細めた。
眠ろうにも、この騒がしさでは寝れんだろうなと思いつつも飛雄馬は布団に潜り込み、雨風に翻弄される木々のざわめきに耳を澄ましていた。
しかして、人間、不思議なもので、いつの間にか眠っていたらしく、次に飛雄馬が目を覚ましたときには部屋の中に他人の気配があって、寝起き早々に暗闇の中で目を凝らす羽目になった。
「驚かせてすまないね、飛雄馬くん。雷が近くに落ちたようで、この辺り一帯、ご覧の有様さ」
復旧にはしばらくかかるだろうね、と花形がぼやいて、暗い部屋の中でマッチを擦ったか、彼の手元と顔がぼんやり明るくなるのが体を起こし、ベッドに座った飛雄馬の位置からも見えた。
「停電、か」
「ひとりじゃ心細くてね。フフ……眠っているところ申し訳ないとは思ったが、訪ねさせてもらったよ」
「ずいぶん、臆病になったものだな。花形さんともあろう人がこれしきのことでそんな台詞を吐くようになるとは」
「きみのいない生活に慣れすぎてしまったようだね」
「…………」
花形が煙草を咥え、呼吸をするたびに、ちりちりと紙を焦がす音が耳につく。
雨や風の音は聞こえてこないが、ようやく止んだのだろうか。
「飛雄馬くんのいない生活は退屈そのものさ。何をしていてもつまらない。張り合いがないとでも言おうか」
「何か不満でもあるような口ぶりだが、ねえちゃんがいるじゃないか。花形さんには」
「…………」
花形が手にしていたらしき灰皿に煙草を押し付けると、辺りは闇に包まれる。
雨を降らせた雲のせいか、月明かりもなく、自分の手元さえも見えない。
「ぅ、っ……」
呻いた飛雄馬の眉間を汗が滑り落ちる。
気味が悪い。
これは、花形さんに浴びせた言葉を訂正せねばなるまい──それほどまでに暗闇とは、不気味で恐ろしい。
あるのは闇ばかりで、音も、何ひとつ聞こえては来ない。
「飛雄馬くん、こっちを見て」
「──!!」
耳元でふいに囁かれ、飛雄馬は体を震わせる。
いつの間に──そう、飛雄馬が声のした方向へ顔を向けた刹那、背中をベッドに押し付けられていた。
先程まで頭の下に敷いていた枕の感触を再び後頭部に感じて、飛雄馬が状況が飲み込めぬままに目を白黒させていると、今度は口が塞がれる。
飛雄馬くん、と口元で呼ぶ声があって始めて飛雄馬は己の口を塞いだのが花形の唇であることを知った。
「は、っ、花形っ……!」
喘いだ口を花形に再び塞がれたばかりか、反らした顎先に唇らしき柔らかな感触があったと同時に、そこから首筋にぬるりと濡れたものが這って、飛雄馬は奥歯を噛み締める。
すると、そこに微かな痛みが走って、恐らく、歯を立てられたであろうことを察した。
首筋に何度も、何度も唇を押し付けられ、飛雄馬はその度に喉を震わせる。
それから纏うパジャマの上衣、そのボタンをひとつずつ外され、徐々に露わになっていく肌へと口付けられる感触に飛雄馬は顔を背け、目を閉じた。
「些か、拍子抜けしたよ飛雄馬くん。どうしてこうも大人しく、されるがままになっているのかね」
「…………」
音をわざとらしく立てながら首筋から鎖骨、そうして胸へと吸い付きながら問いかけてくる花形に飛雄馬は答えない。
ただ、唇が触れ、吸い上げられた肌だけがじんわりと熱を持ち、切なく下腹部を疼かせた。
「明子ではきみの代わりにはならんのだよ、飛雄馬くん」
「っ──!」
ねえちゃんの、代わり?
そう、尋ねようとした瞬間、胸の突起に花形が吸い付いたか、そこから走った強い衝撃が全身を貫いて、飛雄馬は思わず目を開けると彼の頭に手を遣る。
今の刹那に、尖りきったそこを舌の腹で舐め上げられ、飛雄馬は震える声で花形を呼んだ。
しかして、花形はそれに返事をするわけでもなく、上衣をはだけさせた飛雄馬の腹に口付けつつ、ゆっくりと下におりていきながら彼の穿くパジャマのズボンへと手をかける。
「馬鹿なっ、花形さん!やめろ!悪ふざけがすぎ、っ……」
腰から下着もろともズボンを剥ぎ取られ、飛雄馬はいくら暗闇の中とは言え、下半身を露わにされて顔を赤く染めた。
花形が笑ったか、フフ、とそんな声が耳に入って、飛雄馬は羞恥のあまり瞳を涙に濡らす。
「足を開いて、なに、痛いことはしない。大丈夫さ」
「一体、何を、する気なんだ花形さんは」
「ここに来てそんなことを尋ねるのか、きみは」
笑い声とともに、足に触れた花形の手の感触に、飛雄馬はビク!と体を震わせる。
「っ、っ……」
「きみが女だったらどんなによかったことだろうね、飛雄馬くん。とは言え、その場合、ぼくはきみに惚れることはなかっただろうし、そもそも会うこともなかっただろうがね」
「何を、ふざけたことを……」
「ふざけてなどいないさ。ぼくはいつだって本気だよ」
花形は言い終わると同時に体の位置を変えたか、ベットが軋み、軽い衣擦れの音を辺りに響かせた。
それから、飛雄馬の膝を立たせるとその足を大きく左右に開かせる。
ここで、花形さんを張り倒し、逃げることはそう難しくはないだろう。
しかし、それをしてしまったらねえちゃんはどうなる。
おれはねえちゃんの立場を、体裁を守るためにもここはこのまま、黙っているべきなんだろうか。
そのうちに、ふと、熱く柔らかいものが内腿に触れ、飛雄馬はひっ!と悲鳴を上げると共に我に返った。
広げられた足の、膝の裏には花形の指の感覚があって、飛雄馬は今し方触れたものは彼の唇なのだろう、と、そこまで考えつつ目を閉じる。
ちゅっ、ちゅっと肌を啄む音が静かな部屋に響いて、飛雄馬は体を強張らせた。
「う、うぅっ……」
飛雄馬の足の付け根まで唇を滑らせた花形だが、核心に触れることはせず、今度は逆の足へと唇を這わせる。
飛雄馬の下腹部では、すでに固く立ち上がってしまっているそれが、切なげに揺れていた。
なぜ、おれの体は感情と裏腹に反応してしまっているのか。
こんなこと、今すぐにやめさせなければ。
でなければおれは、ねえちゃんに合わせる顔がない。
「さあ、どうしようね、飛雄馬くん。ここから先はきみに任せるよ」
「な、っ……」
飛雄馬はベッドの上に下ろされた自分の足が置かれた位置を見つめ、その広げた足の間に身を置いているであろう花形の顔を仰ぎ見た。
表情はまったく伺い知れない。
その代わり、花形はベットの上に正座をし、飛雄馬の尻に自分の腰を押し付ける格好を取っていた。
スラックス越しに触れる花形の熱に飛雄馬は目を細め、喉を鳴らす。
「ぼくがきみの初めてではないのが癪だが、まあ、それはいい。これから先、この花形のことだけを見てくれたら」
「また、そっ、んな……」
腰を揺らし、飛雄馬は歯噛みする。
「辛いね、飛雄馬くん。腰が揺れている」
「っ、っ……!」
「少し、手を貸そうか」
「いっ、いらん!そんな……ぁっ!」
花形の言葉を遮るように叫んだ飛雄馬だったが、広げた足の中心からぬるりと腹の中に滑り込んだ異物に、全身を戦慄かせると、くぐもった声を上げた。
「何が入ってるかわかるかい」
「う、ぅ、ぅっ」
恐らく、この腹の中を蹂躙する異物の正体は、花形の指だ。飛雄馬は中を掻き回す指の動きに体を反らすと、体を置くベットのシーツを指先で掻いた。
奥に触れたかと思えば、浅いところを撫でて、花形はそのまま指の本数を増やす。
「一回、いっておくかね」
「いっ、いやだっ……いやっ、」
「じゃあ、抜いてもいいかい」
「──〜〜!」
「それなら、どうしてほしいか言いたまえ。きみの口からね」
指を抜き、花形はそれきり黙った。
飛雄馬は腹を呼吸の度に上下させつつ、腹の奥が疼く切なさに身をよじる。
「ねえちゃんに、っ、申し訳ないとは思わんのかっ、花形さんは」
「なぜ?ぼくはずっときみのことしか見ていないよ飛雄馬くん。申し訳なく思うのはきみの方だとぼくは思うがね。口ではそう言いながら、一線を越えることを望んでいる」
「望んでなんか、っ」
「フフッ……」
笑みを漏らすと、花形はおもむろに飛雄馬の臍の下で揺れている男根に触れ、それを握ると上下にしごく。
「ふ、ぅっ……!!」
「ほら、早くしないとせっかく慣らした意味がない」
男根の裏筋を親指の腹で撫でられ、飛雄馬は悲鳴にも似た声を上げつつ全身にびっしょりと汗をかいた。
「いっ、っ……花形っ、花形さんっ」
違う、これはその先を望んでのことじゃない。
一刻も早く、この地獄から抜け出すために、仕方ないことだ。
「なに?」
「はぁっ……っ、ふ、花形さんがっ、ほしいっ……」
先走りに濡れた手でぬるぬると飛雄馬の亀頭を嬲っていた花形だが、その言葉を受け、一度膝立ちになるとベルトを緩め、スラックスの開いた前から怒張を取り出す。
そうして、腰の位置を調整すると、飛雄馬の尻にそれをあてがってから、ゆっくり中へと己を押し進めて行く。
「あ、ァ、あっ!!」
腹の中を無遠慮に分け入ってくる熱に飛雄馬は喘いで、口元に遣った手で拳を握った。
「逃げないで、飛雄馬くん。まだ半分も入っていないよ」
飛雄馬の膝を掴み、足を大きく開いてやりつつ、花形は腰を進めていく。
「う、ぅ〜〜っ、っ」
「浅い方が好きかい」
「すっ、すきじゃ、な、あっ……っ!」
「それなら、どこが好き?」
時間をかけ、根元までを飲み込ませてから花形は飛雄馬の体の脇にそれぞれ手を置くようにして、彼の体の上へと覆いかぶさる。
「なにも、よく、なっ……!」
体が順応するより先に、引いた腰を叩きつけられ、中を抉られる羽目になって、飛雄馬は情けなく声を上げた。
尻を叩かれ、粘膜を擦られるたびに、甘い痺れが全身に走って体を火照らせる。
「っ、あっ、ん!」
顔が、見えないことが幸いか。
いいや、そもそも、こんなことになってしまうことが……。
ふと、近付いてきた花形の気配を察し、飛雄馬は顔を逸らしたが、その顎を掴まれるが早いか唇を強引に塞がれた。
「そんなに締めないでほしいな、飛雄馬くん。すぐに終わってしまってはきみも物足りんだろう」
「あ、ふっ……」
言い終えるなり、花形は再び飛雄馬の口を塞ぐ。
無理やりに舌を捩じ込めば、飛雄馬は抵抗することなく口を開け、花形を受け入れた。
唾液に濡れた唇を何度も重ね合って、花形は飛雄馬の汗の滴る首筋に顔を埋める。
「はっ、花形っ……!やめっ、止め、えっ」
ビクッ!と体を痙攣させ、腕にしがみついて戦慄く飛雄馬に花形は口付けを与えつつ、彼もまた射精を迎えるために腰を振る。
「このまま中に出してもいいかい」
「っ、だめ、だめだっ!中はっ……」
「…………」
「ぜった、ぁっ……あっ!だめっ……」
ギリギリのところで花形は飛雄馬から男根を引き抜くと、散々、唇の跡を残した彼の腹の上に欲を撒き散らした。

「…………」
花形は脈動が治まるのを待って、ひとまず、濡れた自身のそれらを下着の中に仕舞い込むと、未だ着たままのジャケットのポケットからシガレットケースを取り出し、中身を1本、唇に携えた。
飛雄馬はベッドの上で全身を投げ出した格好で、身動きを取ることもままならない。
普段であれば、そう気にもならない煙草の紫煙が、今はやたらに気に障るように感じられ、飛雄馬は唇を強く噛んだ。
すると、再び、雨が振り出したようで、ざわざわと屋敷の外では木々が風に煽られ、その内には窓ガラスを雨の雫が激しく叩き始めた。
「降り出したようだね」
花形がぼやいて、煙草の灰を落としに立ち上がる。
飛雄馬は雷鳴が鳴り響く音を聞きながら、必死に訪れた睡魔に抗おうとするも、いつの間にか目を閉じてしまっている。
花形は稲妻が光る部屋の中で煙草をくゆらし、飛雄馬の腹を汚した己の体液をティッシュで拭ってやると、その体に布団をかけてやった。
その安らかな寝顔に、花形は、おやすみ飛雄馬くん、とだけ告げ、煙草を灰皿で揉み消すと、そのまま客間を後にした。
日が明け、太陽が煌々と辺りを照らし始めた時分になって、花形は改めてこの部屋を訪ねたが、すでに星飛雄馬の姿はなく、代わりに綺麗に整頓されたベッドとパジャマ類が残っている。
服は自分で見つけ出したのだろうか。
花形がパジャマを引き上げ、部屋を出てすぐ、昨日は大雨のせいでホテルで一夜を明かしたという明子が帰宅してきた。
彼女を労う言葉をかけながら花形は、自分の肌に残る熱に身震いすると、昨夜の雨の化身のごとく、まるで夢魔のように颯爽と去って行った星飛雄馬に面影に、ふと、思いを馳せた。