安心
安心 どたばたと玄関先が騒がしく、飛雄馬はぼんやりと目を覚ますと常夜灯の橙に照らされる枕元の目覚まし時計を見遣った。夜中の0時。
どうやら伴が帰ってきたようで、飛雄馬は寝返りを打つと目を閉じる。
起きる時間までにはまだ数時間ある。
どたどたと大きな足音を響かせ、廊下を歩く伴はそのまま風呂に直行するものと思っていたが、その予想も外れ、彼はあろうことか飛雄馬の眠る部屋と廊下を区切る襖を勢い良く開けたのだった。
廊下からの明かりが部屋に差し込み、飛雄馬は眩しさに目を細めつつ体を起こし、部屋を間違っているぞと呟く。
飛雄馬は現在、伴がアメリカから呼び寄せてくれたビッグ・ビル・サンダー氏と共に彼の屋敷に居候している状態であった。
伴の住む、俗に言う武家屋敷のような大きな昔ながらの日本家屋にはいくつもの部屋が作られてこそいるが、普段使用するのも2、3部屋のみでその他は物置のようになってしまっており、彼が幼い頃より出入りしている家政婦が掃除の際に出入りするだけとなっている。
ゆえに、伴はその中のふたつを飛雄馬とビル・サンダー氏にぜひ使ってほしいと願い出たのだった。
初めて伴の屋敷を訪れたサンダー氏はニンジャ!だとかサムライ!だとかやたらに嬉しそうで非常におかしかったのを覚えている────。
ともあれ、飛雄馬は襖を開けたままこちらを見下ろしている伴に聞こえなかったか?と尋ね、お前の部屋は向こうだろう、と目を瞬かせた。
隣の部屋にはビル・サンダー氏が眠っている。
伴の部屋はその更に奥であった。
伴はどうも酒の飲み方が良くないのか、たまに酔って帰ってくるとこうして部屋を間違えることがあった。それも決まって飛雄馬の部屋。
ビル・サンダー氏の部屋に行くことは一度たりともなく、もしかするとわかってやっているのでは?という思いも少なからず飛雄馬の中にはあった。
けれども、それを咎めるでもなく、一度は部屋が違うぞと優しく教えてやるが、隣で寝ているビル・サンダー氏のこともあるため、飛雄馬は伴が部屋に入ってきてもそれを追い返すことは決してしなかった。
今日も伴は板張りの廊下から畳敷きの室内へと入ると、後ろ手で襖を閉める。
飛雄馬は来たか、と布団に横たえていた自分の体を少し端に移動させつつこちらに歩み寄って来る伴の動向を見守った。
が、伴は何を思ったか布団の端に再び寝転がった飛雄馬の上にのし掛かってきた。
「……伴?」
「ほしぃ〜〜今日も一日疲れたぞい〜」
言いながら、伴はぎゅうと飛雄馬を抱き締める。
アルコールの入った伴の体は普段の彼よりも幾分か体温が高く、体臭にもその匂いが漂う。
「疲れたなら眠ればいいだろう。愚痴なら明日聞いてやる。隣のサンダーさんが目を覚ますぞ」
「親父がのう〜顔を突き合わす度に見合いをせい、結婚せいとうるさいんじゃあ〜」
「…………」
伴に抱かれつつ、飛雄馬は黙っている。
それは口にこそせぬが飛雄馬自身も同じことを考えているからだ。
いつも自分のことを一番に考えてくれ、頼めば何だってしてくれた。
大リーグボール開発のときだってふたつ返事で付き合ってくれたし、辛いときはいつまでもそばにいて慰めてくれた、涙を拭ってくれた彼には幸せになってほしい、と心の底からそう思う。
しかして、あの日、山中でひとり、冷たい機械相手にバットを振るっていた自分を抱いてくれた伴が未だ独身だということにホッとした己がいることも事実だった。
ああ、どうしておれはこんなに身勝手なのだろう。
しょせん、他人事だと切り捨てた彼のぬくもりがこんなに愛しくて、優しくて、暖かい。
「わしは星の女房じゃい。女房が女房を貰うのはおかしいじゃろう!まったく、親父はわかっとらん!」
「……おれは、伴にも幸せな家庭を築いて欲しい。おれのために色々と尽力してくれるきみなら、きっといい夫になれるし、いい父になれるだろう」
ふ、と飛雄馬は微笑をその顔に湛え、目を閉じる。
伴が僅かに体を起こしたか、ほんの少し、圧迫感が和らいだ。
「……本気か?星、その言葉は」
「ふふ、本気さ。嘘じゃない」
「う、む……結婚、結婚、かあ」
「……ほら、いい加減どいてくれ。明日も早いんだ」
「星がそう言うなら考えてもいい気がするのう……」
「気が早いぞ、伴」
くすくす、と笑みを溢した飛雄馬の頬にふいに伴は口付けを与え、ニカッと微笑む。
これには飛雄馬も驚き、大きく目を見開いた。
「わしが結婚するとしたら星が巨人に復帰するのをちゃあんと見届けた後じゃい。心配せんでもええ」
「…………」
飛雄馬は今にも泣き出しそうに顔を歪め、無理に笑顔を作る。
「星?すまん、眠いんじゃろう。邪魔して悪かったのう」
「いや、違う、伴。嬉しくてな……つい、ふふ、ふ……」
言いつつ、笑みを浮かべる飛雄馬の瞳は堪えきれずに溢れた涙に濡れる。
「…………どうして星はすぐそうやって泣くんじゃあ?嬉しいなら嬉しい顔をせい」
泣いてない、あくびを堪えただけだ、と目元を覆いつつ微笑む飛雄馬の唇に伴はそっと自身のそれを寄せる。
驚いた飛雄馬は一瞬、ビクッと身を震わせたが、そのまま素直に口付けに応じた。
ぬるっと口内に滑り込んできた舌はいつもより熱く、ほんの少し涙の味を携えている。
布団のうえに投げ出していた飛雄馬の手を伴は握ると、自身の指をそろりと彼のそれに絡めた。
ちゅっ、ちゅっと何度も唇を離しては触れ合わせ、舌を絡ませ合う。
ぎゅう、と飛雄馬は伴の手を握り返し、小さく声を上げた。
「あ、っ、星、その、わし」
「いや、いい……構わんさ。嫌なら最初から拒んでいた」
飛雄馬が声を上げたことで我に返ったらしき伴が慌てたように唇を離し、しどろもどろになりつつ目を白黒させたが、飛雄馬は彼の手を握ったまま、微笑を浮かべる。
「っ…………」
そこから伴は酔った勢い、と言うべきか、ただひたすらに飛雄馬を求めた。
熱い唇をその肌に押し付け、指を滑らせる。
飛雄馬はその度に伴の手を強く握り返し、声を上げた。
果たして、おれは伴が他の誰かにこんなことをする、ということを許容できるんだろうか。
彼の幸せを望んでおきながら、頭のどこかできっと伴はおれから離れないだろう、と高を括っているんじゃないだろうか。
伴が他の誰かのものになって、おれの知らない顔をするようになって、手の届かない場所に行ってしまう。
その時、おれは果たして、彼を祝福できるんだろうか。
「星よう、もう、どこにも行かんでくれ……」
「…………っ、く、」
臍の下の男根を咥えられ、飛雄馬は体を仰け反らせた。
唾液を纏った伴の舌がねっとりと絡みつき、刺激と快楽を飛雄馬に与えてくる。
声を漏らさぬよう、奥歯を噛み締め、飛雄馬はいつの間にか自由になっていた手で自身が体を横たえている敷布団のシーツを掴んだ。
絶妙な力加減で伴は飛雄馬を責め、口の中に溜まった唾液をごくりと飲み干す。
伴と、こんな関係になったのはいつのことだったか。
宿舎の、同じ部屋になってから、はたまたクラウンマンションの寝室で、ソファーの上で。
この行為になんの意味があると言うのだろう。
体が繋がったところで、何か互いに得るものがあるんだろうか。
「あ、っ……!」
飛雄馬は声を上げ、伴の口の中に精を放つ。
どく、どくと放出される白濁を受け止め、伴はそれを嚥下すると、飛雄馬の下腹部からようやく口を離した。
そうして彼は、飛雄馬の立たせた膝を左右に割るとその間に身を置いた。
飛雄馬は己を見下ろしてくる伴をじっと見上げ、彼を受け入れやすいように更に足を開く。
身を置く布団には火照った体の熱が移り、妙に暖かい。
伴はふと、着ている三揃いのスーツ、そのジャケットのポケットに手を入れ、中から何やら容器を取り出した。
飛雄馬が以前、素振りのやり過ぎで掌のマメを潰したとき、塗ってやった傷薬で、伴はその蓋を開けると、中身を指で掬い上げ、組み敷く彼の尻へと塗り付ける。
「う……っ、ん、ん……」
一瞬、ひやりとしたもののすぐに伴の指と自身の体温で軟膏は暖まり、容易く体内に彼を飲み込む。
伴は指を中ほどまで差し入れてから、ぐりっとそれを掻き回す。
すると、飛雄馬は伴の指を締め付け、切なげに声を漏らし、眉間に皺を作った。
痛いか?との問いに飛雄馬は大丈夫だと返し、続いて腹の中へと入ってくる2本目の指に背中をぐぐっと反らす。
「あ、あっ」
鼻がかった声を上げて、飛雄馬は伴の指に意識を集中させた。
飲み込ませた指を曲げ、伴は飛雄馬のとある箇所を刺激してやる。
その快感の強さに腰が浮き、飛雄馬はまたしても眉間に皺を作った。
飛雄馬の返してくる素直な反応に伴は生唾を飲み込み、自身のはちきれそうなほどに膨らんだ下腹部を必死に抑える。
「伴、っ……」
飛雄馬は縋るような目付きで伴を仰ぎ、口元にやった手で拳を握った。
伴は飛雄馬から指を抜くと、膝立ちになり、慌てふためきながら下着とスラックスとを脱いで、布団の横に放る。
それから改めて、飛雄馬の左右に開いた足の間に体を滑らせ、解していたそこに自分の男根を充てがうと、腰を押し付けた。
ゆっくりと飛雄馬の腹の中を押し広げつつ、伴は自身を奥へと進めていく。
飛雄馬は自身の体の脇に置かれた伴の腕に縋り、息を吐く。
「ふ……あ、ぁ」
「星……」
飛雄馬の唇を小さく啄み、伴は自身をすべて彼の中に埋め、馴染むのを待った。
そうして、飛雄馬がふっと体から力を抜き、うっすらと目を開けたところに腰を引き、ぐっと一度己を突き込んだ。
あっ!と呻いた飛雄馬は伴の腕に爪を立て、白い喉を晒し、体を逸らす。
結合部からは溶けた軟膏がぐちゅぐちゅと卑猥な水音を立てた。
星、と伴は吐息混じりに飛雄馬を呼び、薄く開いた唇を寄せる。
「っ、ン……は、ぁっ、っ」
それに応えつつ、飛雄馬は腹の中を抉ってくる伴の圧に喘いだ。
優しく、自分の様子を伺いつつ腰を叩いてくる伴の姿に飛雄馬は笑みを浮かべる。
腕に絡めていた手を彼の首へと回して、飛雄馬は彼の首にぎゅっとしがみつくと、その唇へと今度は自分の口を押し付けた。
伴は飛雄馬の足を脇に抱え、腰の動きを速める。
畳と布団とが擦れ、音を立てた。
「あ、っ、あ……伴っ、っ」
呻き声と共に伴は飛雄馬の中に白濁を吐き出し、飛雄馬もまた、その熱さに酔い痴れつつ絶頂の余韻に浸る。
全身汗まみれになって、荒い呼吸を繰り返しつつもふたりはまだ体を寄せていた。
どちらともなく、再び唇を軽く触れ合わせてから、伴は自身の首を抱く飛雄馬の腕を離してやり、布団の上にその体を横たえてやった。
それから、彼の腹の中から自身をゆっくりと抜き出して、後ろに尻餅をつくように倒れ込むと、ふうっと息を吐く。
「…………」
開いていた足を閉じ、飛雄馬は薄闇の中ティッシュを探す伴を見つめつつ、呼吸のために腹を上下させた。
「風呂に、入ってきたらいい。酔いも覚めるぞ」
伴からティッシュを数枚、受け取って後終いをしつつ飛雄馬はぼやく。
「う、む……そう、するかのう」
とりあえず下着のみを穿き、畳の上にあぐらをかいた伴が歯切れの悪い返事をした。
「伴?」
「あ、いや、なに、その、うむ。さっきの話じゃが、わしは、星のことをずっと、待っとるつもりじゃい。星のことしか、わし、頭にないからのう」
「………それはそれ、これはこれ、だろう。きみの気持ちは嬉しいが、今後のことも考えろ。伴重工業がきみの代で終わってしまいかねんぞ」
体を起こし、下着を穿きつつ、飛雄馬は低い声でそんな台詞を吐く。
「それなら養子でも何でも取ればいいことじゃい!星が気にすることではない!わしは星とずっと一緒にいたいんじゃ!」
「………ふふ、まだ当分、先のことだろうからな。覚えてはおこうじゃないか」
「わしは、もう、星を一人にはせん。絶対に」
立ち上がった飛雄馬を真っ直ぐに見上げ、伴は力強い口調でそう、言い切った。
飛雄馬は危うく溢れ落ちそうになった涙を上を見上げることで堪え、蛍光灯から下がる紐を引き、常夜灯を消すと室内を真っ暗闇へと変貌させる。
「わっ!星?なんじゃあ!!」
「……おやすみ、伴」
飛雄馬は小さく呟くと、布団の中に潜り込んだ。
枕元の時計の短針は間もなく2の位置を指そうとしている。
伴のくれた言葉ひとつひとつを反芻しつつ、飛雄馬は目を閉じる。
寝返りを打ち、背を向けた伴がふいに立ち上がり、何やらぶつぶつ口元で文句を言いつつも、そろそろと摺り足で部屋の外に出て行こうとする足音を聞きながら飛雄馬は微かに自身の肌に残る彼の匂いに抱かれつつ、ゆっくりと意識を手放した。