暗示
暗示 「じゃあ、昼飯を食って正門前に集合じゃい!」
「わかった!」
飛雄馬は頷くと、自宅の方角へと駆け出した。
今日は土曜のいわゆる半ドンの日で、飛雄馬たち青雲高生も例に漏れず午前中で授業を終えると各々帰路に着いている。
普段なら昼食を食べて再びグラウンドに集まり、野球部の練習を行うことになっていたが、何でも今日に限って天野先生が外せぬ用があるとかでこの日の練習は中止となっていた。
それゆえ、伴と飛雄馬は昼食を食べてから映画を見に行こう、という約束を取り付けるに至ったのである。
映画は目を悪くするからと最初は渋った飛雄馬だったが、伴の熱意に押されて、と言うより、映画などという娯楽に触れたことがなかったために、好奇心が勝ったという方が適当か。
親父さんには黙っとけば大丈夫じゃい。
それに、一回観たくらいで目が悪くなるわけなかろう、というのが伴の言葉で、それもそうか、と納得してしまった飛雄馬でもあった。
映画か。俳優とかストーリーとか、そういうのはまったくわからんが、楽しめるだろうか。
いや、伴と一緒ならきっと、何でも楽しいに決まっている。
彼と出会って、おれは……。
飛雄馬はニコニコと顔を綻ばせつつ、すれ違う近所の人や同じ長屋の顔馴染みに挨拶をしながら星の表札が掛かった自宅の前まで来ると、勢い良く戸を開けた。
「ただいま!」
「大きな声を出すな飛雄馬。頭に響くわい」
そう、低い声で飛雄馬を叱咤したのは彼の父星一徹であり、過労のため体を壊し、ここ最近は床に臥せっていることが多くなっている。
その父が、飛雄馬が帰宅したことで布団から体を起こし、枕元にあった煙草を手繰るが早いかそれを咥えると、マッチで火を付けた。
ごめんなさい、とうちゃん、と飛雄馬は肩を竦め、肩から下げていた白い帆布鞄を上がり口に置くと、 とうちゃんが煙草を吸っているということは、今日は少し体調がいいんだろうか、と、そんなことを考えつつその場で靴を脱ぐ。
「ねえちゃんは?」
畳の上に乗り上げ、飛雄馬は一徹に姉の姿が見えぬことを疑問に思い、そんなことを訊いた。
「明子は買い物に出とるわい。自転車を隣から借りて街の方まで足を伸ばすと言っておった」
「そう、なのか。それじゃあとうちゃんも腹が減ったろう。ラーメンくらいならおれも作れるぜ」
飛雄馬は父の布団が敷かれている居間の方まで歩んできつつ、しきりに時間を気にする。
ああ、早くしなきゃ伴との待ち合わせに遅れちまうって言うのに、なんで今日に限ってねえちゃんは街まで行っちまうんだ。
「なんじゃ。帰宅して早々そわそわと落ち着きのない」
「あ、いや、昼飯を食べたら伴と出かける約束をしていて……」
「伴と?」
ぴく、と一徹は飛雄馬の口から発せられた伴の名に眉をひそめた。
「う、うん。ちょっと買い物さ。今、伴が使ってるミットが、学校から借りてるやつでさ。それじゃあ具合が悪いって言うから、スポーツ店に一緒に見に行く約束をしてるんだ」
「ほう」
「い、いいでしょう?それくらいの付き合いは」
「ふふ、そんなことだろうと思ったわい。わしの顔を見るお前の目、その視線が不自然に泳いどったからのう。わしはお前の交友関係にまでとやかく言うつもりはない。バッテリーを組む相手と仲良くしておくに越したことはないからな」
飛雄馬は一徹の言葉に、ほっと安堵の表情を浮かべ、顔には無意識のうちに笑みを浮かべる。
よかった、伴との約束を守れそうだ。
飛雄馬はラーメンでも作るよ、と言うなり立ち上がりかけるが、一徹は彼を呼び止め、煙草を灰皿に押し付けると、こちらに来い、と手招きした。
その誘いを受け、ああ、またか、というのが飛雄馬の脳裏に浮かんだ素直な感想だった。
飛雄馬は顔から表情を消すと、一徹のそばに寄り、布団の脇に膝をつくと目を閉じるなり微かに唇を開く。
「…………」
すると、次の瞬間には苦味を孕んだ柔らかいものが唇に触れ、飛雄馬は顔をしかめた。
これは、とうちゃんの唇で、続けざまに口の中に入れられたのはとうちゃんの舌。
おれは、煙草の味がするとうちゃんのこれがとてつもなく嫌いだ。
頭が痛くなって、体が痺れたようになって、身動きが取れなくなるから。
とうちゃんは、大人は、なにがよくてこんなものを吸うんだろうか。
「あ、ふ……っ、」
「集中せい、飛雄馬」
大人しくしていれば、すぐ終わることだ。
何も考えず、何も感じず、黙っておけばいい。
本当は嫌だけど、おれは、ねえちゃんは、とうちゃんがいないと生きていけない。
とうちゃんに逆らっちゃいけない。
一徹の手が、飛雄馬の背中に回り、そのままその体を畳の上へと組み敷いた。
飛雄馬も抵抗らしい抵抗することなく、一徹を受け入れ、一度は父を見上げたものの、すぐに目を閉じる。
すると、首筋に熱が触れ、飛雄馬はうっ!と小さく声を漏らすと背中を反らし顔を背けた。
痕はつけてほしくないな、言い訳が面倒だから。
とうちゃんは、こうして最中に痕をつけるのを好む。それは、唇の痕であったり、噛み付いて血を滲ませるものであったり様々だ。
とうちゃんは、おれを何だと思っているのか。
いつだったか、クラスメイトが話しているのを聞いたことがある。 子供を作るには、男と女が裸になって、男のアレを女の股にある部分に入れるのだと。
女性のその部分が、どうなっているのかおれには見当がつかないが、男とは作りが違うのだろうか。
とうちゃんは、おれと子供を作りたいんだろうか。
おれの出来が悪いから、自分の夢を叶えてくれるであろう息子を、もうひとり作るつもりなんだろうか。
ああ、いやだ。なんだって今日に限ってこんなことを考えてしまうんだろう。
伴のことが気掛かりで堪らないからだろうか。
飛雄馬はふと、いつの間にか父がシャツと中のタンクトップをたくし上げ、胸の突起を口に含んでいることに気付いた。
「あ、ァっ!」
音を立て、突起を吸い上げられ、飛雄馬は思わず一徹の腕に縋る。
ちりちりとした痛みにも似た痺れがそこから下腹部へと走って、股の辺りを切なくさせた。
尖った突起を舌の腹で舐め上げられ、飛雄馬は体を何度も震わせつつ、父の手がスラックスのベルトを緩める音を聞く。
「伴は今頃待ちくたびれとるじゃろうて」
「っ、っ…………」
下着の上から立ち上がりつつあった男根を撫でられ、飛雄馬は瞳をじわりと涙に濡らす。
「もう誘ってくれんようになるじゃろうて。約束を反故にされたのじゃから」
「あとで、わけを、説明す、ればっ……ぅ、うっ!」
「説明?父に抱かれておったと馬鹿正直に言うつもりか」
掌全体を使い、男根を腹に押し付けるようにして撫で上げられ、飛雄馬は切なさに身をよじった。
「そ、んなん、じゃ……」
「飛雄馬よ、不必要に他人と馴れ合うな。お前が信じられるのはこのわし、父だけじゃ」
「う、ン、んっ……」
ぐりぐりと男根を腹に押し付けられ、飛雄馬は声を上げ、腰を震わせる。
と、一徹の手が下着の中へと滑り込んできて、そのまま勃起しきったそれを外気に晒した。
「腰を上げい、飛雄馬」
「…………」
飛雄馬はその声でここに来て初めて、閉じていた目を開けると、布団の上に乗っていた足を膝を曲げ、尻の方へと寄せてから腰を上げる。
そのまま下着とスラックスを剥ぎ取られ、飛雄馬は日に焼けていない白い肌を父の眼下に晒した。
もう、これから何が起こるかはわかっている。
とうちゃんの気まぐれから、幼い頃から何度も行われてきていることだから。
飛雄馬は膝を立て、足を開くと、一徹の体をその両足で挟み込む。
とうちゃんが伴と引き合わせてくれたのに、どうしてそういうことを言うんだろう。
深入りするな、とそう言いたいんだろうか。
でも、おれがいくら線引きしたところで、どんどん距離を縮めてくるのは伴の方で……おれは……。
「……ぁ、っ」
飛雄馬は腹の中を探られる感覚に我に返ると、慌てて視線を父へと向ける。
「中がずいぶんと柔らかいのう。わしではのうて違う男のことでも考えておったか」
「ち、がっ……」
入り口付近を指先で掻かれ、飛雄馬は腰を揺らす。
「違うかどうかはお前のからだに訊いてみることにするわい」
「ほ、ほんとにっ……」
「わしが嘘を言うたことが未だかつてあったかのう」
飛雄馬は一徹がニヤリと口角を上げ、たった今まで慣らしていたそこに何かをあてがったことに息を呑む。
「ま、っ、まだ、ぁ───っ!」
嘆願虚しく一息に腰を叩き込まれ、飛雄馬は体を大きく反らすと開いた口から舌を覗かせる。
目の前の視界は滲み、歪んでいた。
夢であってほしいとさえ思う。
おれは、今頃伴と本当なら映画を観に行って……それから、それから……。
「目を閉じて愛しい男のことでも考えておるがいい」
「ちがっ……ちがうっ、そ、んなんじゃ……」
腹の中がじわじわと、父の形に馴染んでいくのを感じながら飛雄馬は途切れ途切れに言葉を発する。
「違う?それなら伴はお前の何なんじゃ」
「ともだちっ、友達……っ、だから」
飛雄馬は額に汗を滲ませ、父一徹の着ている寝間着代わりの浴衣の肩口に縋った。
すると一徹は腰を引き、半ば飛雄馬の中から男根を抜いてから再び奥深くそれを突き込む。
ようやく父の形に馴染みかけつつあった矢先に奥を突かれ、飛雄馬は悲鳴を上げた。
父の体重の乗る股関節が軋んで、全身にはびっしょりと汗をかく。
「うお〜い、星よう。いつまで経っても来んからこの伴宙太が直々に訪ねてやったぞい」
「!」
飛雄馬は玄関の方から確かに聞こえた親友の声にハッ!とそちらの方に顔を向けた。
「…………」
が、伴の登場に離れてくれるとばかり思っていた父が距離を取ることはせず、あろうことか腰をゆっくりと使い始め、飛雄馬は喉を引き攣らせた。
「おらんのかあ?おかしいのう。行き違いか?すいません、すいませ〜ん!」
大きな声で叫びつつ、伴は飛雄馬の住む長屋の戸を叩く。
その勢いのせいか部屋全体が軋み、揺れる。
「っ……ぅ、う、っ!」
伴、いなくなってくれ。早く!
来てくれたことはありがたいし嬉しいが、きみは来ちゃだめだ!
飛雄馬は父の肩に縋っていた手で自分の口を覆うと、声が漏れぬよう必死に押し殺した。
「明子さん!親父さん!星のやつを知りませんかあ」
「っ……───!!」
中を嬲られ、掻き回され、飛雄馬は体を震わせ軽く絶頂を迎える。
首に再び、水気を纏った熱いものが触れて、飛雄馬はとうちゃんが舌を這わせてきたのだろう、と腕で押さえた唇、その中で奥歯を噛む。
「おっかしいのう」
伴が叩く手を止めた刹那、飛雄馬は乳首に歯を立てられた痛みに声を上げた。
星?と伴に名を呼ばれた瞬間、きゅうっと飛雄馬は一徹を締め付ける。
「ば、伴。す、すまんが、っ……すぐ、すぐ行くから……せい、もんで、まっ……!」
腰を叩きつける速度を上げられ、飛雄馬は曲げた膝の先、爪先を父の体の脇でぴんと伸ばす。
「星?体調でも悪いのか?誰もおらんのか?開けてもいいか?」
「あっ……け、ぇっ、っ…………!」
「星?」
ヒクヒク、と体を痙攣させ、飛雄馬は二度目の絶頂を迎える。
違う、いつもと違う。おれは、こんな、こんなはずじゃ。
「彼の童貞を貰ってやったらどうじゃ飛雄馬よ。そうしたら伴を一生、縛り付けておけるぞ」
「────ッ!」
「星?本当に何かあったのか?」
心配そうに名を呼ぶ伴の声に飛雄馬の閉じた目、その目尻からは涙が幾重にも滴り落ちる。
「飛雄馬、出すぞ」
「あ、ぅ、うっ……ばっ、伴……ごめん、もう、すこし、だか、っ……」
「……何があったかわからんが、待っとるぞい」
「っァ、あっ!」
どぷ、と腹の中で迸る熱さに飛雄馬は顔をしかめ、そのまま与えられた口付けに応える。
ああ、やっと解放される。
やっと伴と出掛けられる。
そう、飛雄馬が思ったのも束の間、一徹は戸を背に立っている伴を呼ぶなり、飛雄馬は出掛けたくないそうじゃ。いきなり約束を取り付けられて困ったと言っておる、とそう告げた。
「と、とうちゃん!」
「そ……そう、じゃったんですか。星ぃ、すまんのう。のこのこ家まで訪ねて来てしまったわい。おれ、星ともっと仲良くなりたいと思ったんじゃが、ちと重すぎたようじゃのう」
「伴、ちがっ……ちっ……」
必死に、一徹の下から這い出つつ飛雄馬は伴を呼ぶ。しかして、その手を一徹に絡め取られ、再び唇を押し付けられる。
「っ……」
一徹の下から這い出る際に抜け、掻き出された精液が飛雄馬の尻を伝い、畳の上に落ちた。
「星、また学校でな。急に訪ねて悪かったのう。親父さんもすみませんでした。では」
「ふ……っ、ン、んっ」
舌を絡ませ、唇を啄むことを繰り返し、一徹は飛雄馬の言葉を封じる。
はあっ、と熱く湿った吐息を漏らし、飛雄馬は潤んだ瞳を父に向けると、唾液を飲み込む。
伴、おれ、きみのこと……。
「飛雄馬はわしだけを見ておればよいのじゃ。それで万事うまくいく」
「…………」
唇を小さく啄ばまれてからようやく解放された飛雄馬は畳の上で目を閉じる。
「今日は調子が良いようじゃ。昼を食べたら久しぶりにこの父とキャッチボールをしようじゃないか、飛雄馬よ」 ああ、罰が当たったんだ。
とうちゃんに嘘をついて出掛けようとしたから、せっかくできた友達もいなくなっちゃった。
おれはひとりぼっちに逆戻り。
とうちゃんが言ってたのは、このことだったんだね。
飛雄馬は一徹に泣いていることを悟られぬよう寝返りを打つと、肩を震わせ嗚咽を上げる。
でも、どうか、願わくば伴が、おれととうちゃんのことに気付いていませんように。
嫌われてしまうのは、距離を置かれるのは仕方ないにせよ、おれととうちゃんのことだけは知られたくない。
伴の前でだけは、綺麗でいたいんだ。
飛雄馬は血が滲むほど強く、唇を噛むと聞こえてきた姉の声と自転車のブレーキ音に体を起こし、手繰った下着とスラックスに足を通し、彼女の帰宅を、何食わぬ顔をして待った。