雨模様
雨模様 駅を出たあたりで、強い雨に降られてしまい、左門は分厚い眼鏡のレンズ越しに大粒の雨を降らす鈍色の空を見上げる。
家までは徒歩で20分ほど。
運動がてら走るのも悪くないか、と走り出そうとしたところで、左門さん?と声をかけられ、出鼻を挫かれる。
と、呼び止めてきた声の主がニコリと微笑んだのも相俟って、左門は顔を輝かせてから、星くんじゃなかですか!と声を弾ませた。
「偶然ですね。こんなところで会うとは……いや、ここは左門さんの家の最寄りだったか」
言いつつ、星くんと左門が呼んだ男──私服姿の星飛雄馬がそこには立っていて、彼は黒い紳士用の傘を手にそんな言葉を投げかける。
「星くんこそ、どげんしたとですか。珍しか」
「伴に呼び出されたんです。昼飯でも、ということらしいが、左門さんも一緒に食べませんか」
「あ、いや、わしは帰って食いますたい。皆、腹を空かせて待っとると思いますけん」
「……そう、でしたね。気が回らず申し訳ない」
駅から出て行く人々が雨に打たれ、水溜まりの水を蹴り上げているらしき水音が四方八方から聞こえてくる。
湿気がひどく、立っているだけで肌がじっとりと濡れてくるようだった。
「星くんが謝ることじゃなか。今度、よかったら、飯ばうちに食べに来んですか。妻も妹や弟たちも星くんなら大歓迎ですばい」
「気持ちはとても嬉しいが、おれはこういう性格だから家族団欒の中に呼ばれてしまっては試合に集中できなくなってしまう」
「あ、そ、それは……」
「いや、左門さんが気にすることじゃない。そう言ってもらえるだけでありがたい」
この間に雨足は強まり、数メートル先も見えぬほどだ。
ふと、飛雄馬が手ぶらの左門を見咎めてか、左門さん、傘は?と尋ねた。
「傘は、忘れてしもうたとです。なに、走ればすぐだけん。星くんも伴さんによろしく言うとってください」
「……この傘、使ってください」
飛雄馬は手にしていた傘を、どうぞ、と左門へと差し出す。
「は?いや、気にせんでほしか。わしは帰るだけばってんが、星くんは今から伴さんと会うて言いよったじゃなかですか」
「伴とは駅で待ち合わせしてますから。ほら、弟さんたちが待ってますよ」
「あ、ほ、星くん!」
半ば、左門に傘を強引に押し付けるような形を取ってから、飛雄馬は駅を行き交う人々の群れの中に紛れ、その内見えなくなった。
借りたものの、返す宛もないままにどうしたものか、と思案しつつ、駅から少し離れた閑静な住宅街に建てた一軒家に戻った左門だったが、おかえり、あんちゃん!と元気に出迎えてくれた弟・妹たちには悟られまいと笑顔でただいまと返した。
「あら?あんちゃん、朝、傘持って行かんかったでしょ?どこかで買うたとね?」
「ほんとだ。まだ使えるとがあるとに新しかとば買うなんてあんちゃんにしては珍しかね」
「おかえりなさい。あなた」
左門の弟や妹たちの登場から少し遅れて、タオルを手に京子が顔を出す。
「ただいま」
靴を脱ぎ、京子から受け取ったタオルで濡れた腕や足などを拭ってから左門は昼食の用意されているリビングへと向かう。
5人の弟、妹たちもそれを追うようにしてリビングへと入って行った。
あらあら、傘のことなんてもうどうでもいいのね、と京子は5人がリビングのそれぞれの席に座ったらしく、いただきまーすの大合唱を背後に聞きながら左門が持ってきた傘を手に取る。
すると、その柄には星飛雄馬の名前が刻まれており、京子は一瞬、ハッとなったが、すぐに左門に呼ばれたために傘立てにそれを差し入れると、返事をしながらその場を後にした。