アルコール
アルコール 手にした瓶からコップに無造作に酒を注ぎ入れ、一気に伴はそれを煽る。
つい1時間ほど前に封を切った瓶ももうほぼ底を尽きかけており、伴は瓶を持ったままゆらゆらとそれを揺らす。中では少量の日本酒がさざ波を立て、鳴った。
アルコールが入り、ぼうっとなった頭で、そう言えば先日取引先からもらったウイスキーがあったなと伴はうとうとと目を瞬かせつつ、座卓に突っ伏す。ヒヤリと冷たい木製の天板が火照った頬に心地よく感じられ、伴は夢うつつの状態で、星、とかつての友の名を呼んだ。
彼が消息を絶ってからもう5年近くが経つ。大リーグボール三号と呼ばれる魔球をたった一人で編み出した彼は、この伴宙太との最終戦、左腕から繰り出した魔球を最後に永遠に投球の出来ない体になってしまったと言うのだ。
バットを避けて通る球を放るには腕の筋肉や筋を通常では考えられない動きにて収縮、はたまた弛緩させなければならなかったと聞く。ゆえに、彼のたったひとつの誇りであり、武器であり、栄光の象徴でもあった左腕を破壊たらしめた。
そんな聞くに耐えないおぞましい、身の毛もよだつような事実を伴が聞いたのは、担架で担ぎ込まれた球場の医務室のベッドの上であった。
男と男の魂を、命を賭けた勝負の場で、こんなことを思うのは些か的外れも良いところで、だから女々しいと星コーチや明子さんに言われたのだろう、と思いつつも、伴は、ああ、どうして自分はそれに気づいてやれなかったのだろうか、とひとしきり悔やんだ。
ただ、互いに勝負の世界に生きた結果がああだっただけだ、とも言われたが、そんなことで器用に割り切れたらどんなに楽だろうか、と伴は未だに眠れば当時のことを夢に見た。たった一人で泣いている星に、どうしておれは着いていてあげなかったんだろう、と、そんなこと今更思ったところで、すべて後の祭りに過ぎないのに。
あれからすぐ、球界を引退して親父の会社に社員として登用してもらい、何とか手探りでここまでやって来た。
眠れば飛雄馬のことを思い出すのが怖くて、切なくて、悲しくて、付き合いで覚えた酒を夜な夜な煽った。
アルコールは一時的にでも嫌なことを忘れさせてくれる。目を閉じれば飛雄馬と過ごした風景が、日常が伴の脳裏に浮かんでまた泣きそうになった。
あんなに辛かった魔球開発の特訓も、今ではすべていい思い出となってしまっている。一目会えたら何を話そう。いいや、元気でいる姿をこの目に映すことができたらそれ以外は何も望まない。ただ、元気ならそれでいい。
「星……会いたいぞい」
ぶつぶつとうわ言のように呟いて、伴はそのまま後ろに倒れると、大の字に寝転がって天井を見上げる。頭上高く輝く星はいつも変わらず夜空に光っていると言うのに、どうして彼は、おれの光であった彼は忽然と姿を消してしまったのか。
考えても、考えても答えに辿り着くことはないのだ。
誰かと共に眠ることを覚えてしまった後の一人寝ほど切ないものはない。愛しい相手の吐息と、体温を身近に感じながら眠りにつく、それ以上の幸福がこの世に存在するだろうか。
伴はゆるゆると次第に落ちてくる瞼の重みに抗うことなく、そのまま眠りに落ちる。 大きないびきを繰り返しつつ、時折、星、星と寝言を呟きながら、伴は眠ったまま無意識の内にその頬に涙をつうっと滴らせた。