悪魔の囁き
悪魔の囁き 「ふ……っ、っ」
丸目は同室の星飛雄馬が部屋を空けている隙に、ひとり、自分を慰めていた。練習終わりの消灯間近。
部屋の扉に背を向け、ベッドの端に腰掛けたまま、己の男根を一心不乱に撫で擦る。吐息に混ざり、手を上下させるたびに溢れる先走りと男根がくちゅくちゅと音を立てた。
「では、また明日──」
ああ、いく、とそう思った刹那、突然、扉が開き、丸目は背後を振り返ると、部屋に入ってきた星飛雄馬を見上げ、硬直する。
そして丸目が見つめる星飛雄馬もまた、驚いたか目を見開いたまましばしそのままの状態で固まっていた。
「ばっ、ばかやろう──ノックぐらいしねえか」
「す、すまん……」
恥ずかしさと気まずさから丸目は顔を真っ赤にしながらも突然入室してきた彼を怒鳴りつけると、傍らに置いていた箱から取り出した数枚のティッシュで手を拭う。
「チッ、もうちょっとでいけそうだったのによ。余計な邪魔が入りやがった」
わざと強がるような台詞を吐き、丸目は丸めたティッシュをゴミ箱に放ると、下ろしていた下着とジャージのズボンを定位置に戻すために腰を上げた。
「ノックの件については謝るが、何も部屋ですることもないだろう。トイレの個室の方がゆっくりできるんじゃないか」
「フン、うるせえな。電気を消せよ。おれぁもう寝るからよ」
悪態を吐き、ベッドに横たわった丸目は頭から布団をかぶる。胸糞悪い。なんてタイミングで入ってくるんだ星のやつ。
「…………」
ふっ、と部屋の明かりが消え、丸目が頭からかぶる布団の中も闇の中へと消える。
丸目が背を向けた同室のセンパイ──星飛雄馬もまた、自分のベッドに横たわったか、聞き慣れた衣擦れの音とスプリングが僅かに跳ねる音が部屋の中に響いて、辺りはそのうちに静寂に包まれた。
「…………」
丸目は眠るべく、ベッドの上で目を閉じていたが、いつまで経っても睡魔は訪れてくれず、それどころか時計の秒針の音が今日に限ってやたらと耳障りに感じられる。
くそっ!と丸目は呻くと、仰向けの格好を取り、横目でツインベッドの片割れで眠る星飛雄馬を見遣って、センパイ、と声を掛けた。
「まだ、起きてたのか」
返ってきた言葉は落ち着き払い、淡々としたもので、丸目は再び舌打ちしてから、ひとつ、センパイをからかってやろうと、あんたはセンズリかいたことあんのか?と、そんなくだらぬ質問を投げた。
「ぷっ、はははっ!あるわけねえよな、野球一筋のセンパイがそんなこと。センズリこくくらいなら球を投げてるような人間だもんな」
「ふふ……そりゃあ、あるさ。おれも男だからな」
「…………!」 星飛雄馬から返ってきたまさかの返答に丸目は面食らい、二の句が告げない。オカズは誰で、いつ、どこで──そんな低俗な言葉ばかりが頭に思い浮かんで、丸目は首を振る。
星の方が、一枚上手と言うわけか。亀の甲より年の功とはよく言ったものだ。
なんとかして、この野球馬鹿のいけ好かないセンパイに吠え面をかかせてやりてえ。
丸目は自慰行為を中途半端に終わらせられた怒りと歯痒さから、星飛雄馬に対してほとんど逆恨みのような感情を抱く。
「丸目も女性に興味が出てきたのか。今度、そういった店に連れて行ってもらえるようおれが先輩方に頼んでおこうじゃないか。いや、未成年だったな」
ふふ、と星──が笑ったようで、丸目は更に苛立ちを募らせる。
「未成年の何が悪いんだよ。いつもそうやって見下したように上から目線でよ。ちょっと先に生まれたぐらいで偉そうにすんじゃねえ!それに、そんなとこ行くわけねえだろ」
「いや、気を悪くさせたのなら謝る。きみが恋をしているかは知らんが、相手には自分の思いをはっきり正直に伝えるべきだ。後悔のないように」
「ふ、ふん。なんの話だか知らねえが、そん時が来たらそうさせてもらうぜ」
「ああ、約束してくれ……」
そう、部屋の天井を見上げながら語りかけるように呟く星の顔がどことなく寂しげなのは、部屋を包む闇のせいだろうか。
丸目は星飛雄馬に対し、やや同情の念を抱きかけたところで再び、そうじゃねえ、と首を振る。
と、星から、どうした、どこか痛むかの問いが返ってきて、ベッドから起き上がったか、スプリングが軋む音が部屋に響いた。
「どっ、どこも痛くねえよ!こっちに寄るんじゃねえ!」
「さっきから首をしきりに振っているが、どこか痛めたんじゃないのか。見せてみろ」
「うるせえな!あっちにいけ!」
「丸目、おれにはきみが必要なんだ。体を壊されでもしたら困る」
「ああっ、もう!うるせえんだよさっきから!」
一歩一歩、問い掛けながらこちらに歩み寄って来る彼にうんざりし、丸目は跳ね起きると、星の腕を取るや否や、ベッドの中へとその体を引き入れる。
そうして、抵抗ひとつせず自分の体の下に組み敷かれた星の顔を見下ろした。
握った腕は想像していたよりも細く、そしてその体は予想していたよりもずっと軽い──この身体があの重く、勢いのある豪速球を放つ人間のそれだと、誰が想像し得るだろうか。
「…………」
「あ、っと……おれ、」
今までレスリングで組み合っていた野郎たちとはまるで違う線の細さに途端に罪悪感が募り、丸目は勢いを失くしてしまう。やつらはもっと屈強で重量感があったし、ガリ勉の裏なりどもは、それこそ細く青白い体をしていたがそんな貧弱なものとも違う、適度に日に焼けたこの腕は、おれの体を吹き飛ばすほどの球を放るこの体は、こんなにも…………。
「さっきの続きをおれでするつもりか?」
「な、なんだよ、さっきの続きってのは。あ、あんまりうるせえからいっちょ寝かしてやろうかと思ってよ」
「レスリングでか」
「とにかく、どこも痛くねえし悪くもねえからとっとと自分のベッドに戻ってくれよ」
「中途半端は嫌だろう、丸目も」
「ち、中途半端?」
「センズリとやらの途中でおれが入ってきたことで腹が立ってるんだろう」
「な、っ……!」
図星を突かれ、丸目は言葉を失う。
星の顔がまともに見られず、ぷいと明後日の方向に視線を遣り、それが何なんだよと声を荒らげた。
「終わったら呼んでくれたらいい。おれは外で投球の練習をしておくから。気が利かずすまないことをしたな」
そう言うと、体を起こしかける星の体を、丸目は自分の体で押さえつけ、体重を掛ける。
「センパイ、あんたさっき恋をしてる相手には自分の思いを正直にはっきり伝えるべきだって言ったよな」
組み敷く星の体に力が篭もる。しかして、体重と身長差のある星の体がいくら丸目を跳ね除けようとしたところで、レスリングで鳴らした巨体はびくとも動きはしない。
「っ、丸目……!くるし、……っ、」
「それなら今、伝えてやろうじゃねえか」
胸を抑えられ、まともに呼吸することの叶わぬ星の口元に丸目は唇を寄せ、その柔らかな皮膚を啄む。
落ち着き、萎えたはずの男根がむくむくと熱を帯び始めて、丸目は全身が熱く火照るのを感じる。
「おれはあんたの言う先輩たちよりあんた自身からご教授願いたいぜ」
「丸目、っ……よせ……」
ふっ、と掛けていた体重を緩めてやり、丸目はようやく酸素にありつけた星の目元に光る涙と、その唇から漏れる吐息の熱さに屹立した男根の触れる下着へ、じわりと先走りが染みたのを感じる。
なんと脆いことだろう、なんと繊細なことだろう。
レスリングを知らぬ人間に、こんな真似をするのは卑怯だ。しかし、かの長島監督さえ一目置くこの男が、いつも先輩風を吹かして、おれを捕球専用のロボットのように扱う星飛雄馬が、容易くおれの下に組み敷かれて、軽く体重を掛けただけでこうも大人しくなってしまうとは。
「なあ、センパイ、教えてくれよ。後援会長はあんたをどんな風に抱くんだ?え?」
「なんの、っ……話だ。おれは伴と、そんな関係じゃ……」
「じゃあ後援会長さんの片想いか。へへ、可哀想に」
星の長いまつげが、涙に濡れ、震えているのがはっきりと手に取るようにわかるのは、窓辺に掛かる僅かに開いたカーテンの隙間から月が顔を覗かせたからだろうか。それとも、そうであってほしいというおれの願望だろうか。
見様見真似で丸目は星の唇に口付け、彼が着ているジャージの中、そのシャツの裾から差し入れた手で薄い腹を撫でた。
「う……」
ぴくりと丸目の下で、星が体を震わせる。
触れた星の肌が熱を持ち、汗をかいたか丸目の掌は水気を帯びる。何度も、何度も星の唇を啄んで、指先を胸まで這わせてから、丸目はその先にある突起へと触れた。膨らみ、固くしこるそれを指で押しつぶし、軽くひねってやると、星は鼻がかった声を上げ、体を反らした。
「こんなんでヒィヒィ言っててどうすんだよ」
やや体の位置を変え、丸目は星の空いたもう一方の突起に口付け、それを強く吸ってから唾液を纏わせた舌の腹で舐め上げた。
「あっ、あぁ……!!」
突起を吸い、口に含んでから、丸目は弄るもう一方の芯を指の腹同士で捏ね回す。
ベッドの上で星の腰が揺れ、その中心にある男根が興奮度合いを物語る。
「乳首弄っただけでこんなにしちまってよ、巨人の星には幻滅だぜ、星飛雄馬さんよお」 
「はぁ、っ……あ、ぁ」
突起の奥にある芯を潰し、捏ね回して、丸目は星にズボンを脱げと囁く。限界は近く、丸目の下着は先走りでべちょべちょに濡れており、痛みを覚えるほどに張り詰めた男根は解放を待ちわびている。
「足を開きな」
ジャージのズボンと下着を脱ぎ去り、白い二本の足を晒した星は、蕩けた顔を丸目に向けた。
「っ、丸目……おまえ、初めてじゃ、ないだろうな。使い古しのおれで、……いいのか」
「ああ、初めてだよ。わりいかよ」
星の左右に開いた足の間に身を置き、丸目は、カーテンの隙間から僅かに差し込む月の光を受け、眼下に彼の体を見る。
臍まで反った男根は腹を体液で汚し、呼吸のたびに薄い腹が上下に動いている。日に当たることのない白い肌は上気し、赤く染まっていた。
「初めてなら……っ、好きな相手と………」
  「うるせえな、ここまで言わねえとわかんねえのかよ。おれが好きなのは…………」
「一時の、感情でそんな真似……んぅっ!」
飛雄馬の尻に腰を寄せ、丸目は彼の会陰の位置を自身の男根で上下に撫でる。
窄まりの上を男根が通過するたびに、星は声を漏らし、立てた膝を丸目の横で震わせている。
「一時の感情でレスリングやめるわけないだろうが……なあ」
ひくつく窄まりに今にもはちきれそうに立ち上がった男根をあてがい、丸目は腰をそろりと押し付ける。
容易く星のそこは丸目を受け入れ、それからきつく締め上げた。
「うっ、う……!」
「いい加減黙りな、声がでかすぎるぜセンパイ」
星の口元を掌で押さえつけつつ、丸目はゆっくりと腰を押し進めて行く。
もしかして、おれのちんぽはすでに溶けちまってんじゃねえかってくらい、星の腹の中は熱に満ちている。
押さえつけた顔のなんて小さいことだろう。
このまま握りつぶしてしまえそうだ。
丸目の手を星の涙が濡らし、その掌には熱い吐息が触れる。星の細い腰はベッドから浮いて、背中が弓なりに反り返った。
虚ろな瞳は涙で潤んで、月明かりを浴びて煌めいている。この目は、これまでどれだけの人間を狂わせ、破滅に導いてきたのだろう。
尻へと腰をぶつけ、丸目は根元までを星の中に埋めると、ふうっ、とひとつ大きな溜息を吐いた。
「へへっ。センパイ、気分はどうだい。おれは最高だよ。いつも偉そうにご高説垂れてくれるあんたのこんな様を拝めてよ」
星の顔を押さえる手を緩め、丸目は彼の唇へと這わせた親指を口内に捩じ込む。歯列の隙間から奥へと入り込んだ指は舌に触れ、頬を辿る。
「噛みたきゃ噛むといい。出来ねえな、おれが指を負傷しちまったらあんたの球ァ、捕ってくれるやつがいなくなっちまうからな。自分の貞操より野球を取る、そんな人間だよ、センパイは」
頬をなぞってから丸目は指を抜き、それから、星の中からも腰を引いた。
「っ、あ……」
ゆっくりと引いた腰を、今度は更に奥をえぐるように尻へと叩き付けて、丸目は星の唇へと食らい付く。
がむしゃらに昔観たポルノビデオの見様見真似で腰を振って、星の腹の中へと欲を吐き出す。
星の体をきつく抱き締めて、射精の脈動が収まるのを待ってから丸目はようやくその体を解放してやった。
「ああっ、クソ……もう出ちまった」
腰を引き、星から男根を抜くと、どろりと溢れた白濁がベッドへと伝い落ちる。
「っ……丸目、おまえ、自分だけ果てて終わるつもりか」
星の足元で濡れた男根を拭っていると頭上から軽い咳混じりにそんな声が響いて、丸目は、なんだと?と眉間に皺を寄せ、星を睨んだ。
「人を練習台にするのは構わんが、けほっ……ふふ、相手を満足させてやるのも大事だとおれは思うが」
「な、何ほざいてやがる」
いつの間にか体を起こした星がこちらとの距離を縮めつつあって、丸目は恐れ慄き、そのまま後ろへと倒れ、ベッドから床へと尻餅をついた。
どすん、と大きな音が部屋には響いて、隣の部屋からは怒号が飛んだが、それに謝罪を返す余裕も今の丸目にはない。
「丸目が好き勝手やってくれたからな。もうそんなに体力は残っていないが……まあ、見ているといい」
尻餅をついた格好で、視線を逸らすこともできぬまま固まる丸目の腰の上に星は跨ると、すでに萎え、情けない姿を晒していた男根を手に取った。
そうして握った男根に、ゆるゆると刺激を与え始めたのだ。
「あ"っ……!てめぇっ……」
星の手の内で丸目の男根は熱を帯び、みるみるうちに顔を上げていくと、完全にそそり立った。
眼前が眩み、頭が朦朧とし始めたのは、下腹部へと血液が集中しつつあるからか。
それとも、この雰囲気、この状況に当てられてしまっているのか。
「じっとしていろよ」
星の言葉に、丸目はハッと我に返ると、浮かせた腰を自分の男根の上に下ろしつつある星の姿を目の当たりにする。体を支えている腕が震え、全身が熱く火照っているのがわかる。
「あっ、ばか……よせ、やめねえか!」
そう、苦し紛れに叫んだものの、下腹部の分身は期待に震えている。っ、と星が吐息を漏らし、腹の中に丸目を飲み込んでいく。
「お"、ぁ、あっ……」
「ふ、ふふっ……なんて顔をしてるんだ丸目」
自分のタイミングと、速度で味わうのとではまるで違う熱さと快感。丸目の情けない声が口からは上がって、目の前には閃光が走った。
「ぐぅ、うっ……やべえ、出る、出ちまう……」
「耐えろ……っ、ふ……なんて、言っておきながらおれも限界は、ちっ、近いが」
腰の上に跨り、正座の格好を取った星の男根から溢れた先走りが腹へと垂れ落ちる。
自分の上に跨り、腰を巧みに動かし始めた星のなんと淫らで、美しいことだろう。汗に濡れ、体に貼り付いたシャツの裾を噛み、星は目を閉じたまま、声を殺している。見てはいけない。この姿を目に焼き付けてしまっては、戻ってこられない。
一生、この男に狂ってしまうことになる、そう、思うのに。この顔と体から目が離せない。
星の額から滑り落ちた汗が、腹へと滴る。
「くっ、狂ってる……あんた、いかれてる、っお"ぁ!」
「ふ……おれと丸目、っ、仲良く地獄行きだな」
「ば、っ……馬鹿ぬかしやがれっ……地獄はあんたひとりで行きな……」
星の腰を掴んで、丸目はその体を下から突き上げるように腰を振る。
「あ、うっ……!」
腰を動かすたびに、結合部からは先程出した丸目の精液が掻き混ぜられ、ぐちゃぐちゃと音を立てている。
「悪魔だぜ、あんた……巨人の星さんよ」
「丸目っ……つよっ、いっ……あ、あっ」
「腰がお留守だよ、センパイ……」
腰を掴む手を星は握り、彼の体の上で絶頂を得たか、そのまま脱力し、丸目の胸へと倒れ込んだ。
口ほどにもねえなと悪態を吐いてから、今度はおれの番だぜ、と丸目は星の体を床の上へと転がして、たった今まで繋がっていた箇所に、男根を突き込む。
「…………───!!」
「へへっ、良すぎて声も出ねえってか。今までもそう女房役たらし込んでたのか」
「ちっ……ちがぁっ、ごかい……誤解だかりゃ、あっ」
だらしなく広げた両足の爪先を反らして喘ぐ星を見下ろして、丸目は中を掻き回すように腰を回す。
星の入口が、それできつく締まって、丸目もまた、声を上げた。
「う、ぅっ……ヘへ、どうすんだよ。そんなに人の生気搾り取ってよ」
「いっ、た……いったからっ、!もう、なか、掻き回すのやめぇ……っ!!」
「こっちの身が保たねえよ、涼しい顔してよお、ド変態のちんぽ狂いが」
「っ、♡っ……♡」
星の体がびく、びくと戦慄き、蕩けきったその顔は恍惚の表情を浮かべている。
「ほら、あんたの好きなのくれてやっからよ。なんて言うんだ、こんなときは」
「あ、ぁ……、っ、ありがっ、ん、ん」
「なに?聞こえねえ」
腰を叩き付けるたびに揺れる星の男根を握り、丸目はそれを上下に擦る。
「だめらっ、それは、だめぇ、っあ、あぁっ!」
床の上を、星の体が逃げるように上擦る。
「だめなことあるかよ。逃げんなよ、なあ。ちゃんと見ろよ、おれのことっ!」
「くぅ、うっ…………!!」
星の足を抱え、丸目は自分の腰を尻へと叩き付ける。
狂ったように喘ぎ、涙を溢す星の唇に口付け、丸目は彼の中へ二度目の射精を果たす。
「ん、む……ふ、……っ♡は、ぁっ……♡♡」
たどたどしく舌を絡ませ合って、甘い唾液を飲み込んで、丸目は星から離れる。
二度に渡り、腹の中へと放出した精液は星の尻からかとろとろと溢れ、床へと落ちた。
腕で顔を覆ったままの星を見つめたまま、丸目は男根を拭ってから、下着とジャージのズボンの乱れを正した。床の上で、白い肌と長い足を晒し、余韻に震える星は落ち着いたはずの劣情を掻き立てる。
「チッ、明日の練習、寝過ごすなよ」
丸目は言うと、ひとり、ベッドへと戻るや否や布団を頭からかぶり、目を閉じる。どこかもやもやとした気持ちを抱えつつ、しばらく寝付けぬままベッドの上で寝返りを打っていたが、いつの間にか眠っていたらしく丸目はカーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさに呻いた。
「…………」
もう、朝か。寝た気がしねえ。
あと五分、いや、一分でいい…………。
星?
丸目は室内に星の気配がしないことに気付き、跳ね起きると、もぬけの殻になっていた隣のベッドを見遣った。
朝練まではあと一時間以上ある。
星のやつ、どこに行きやがった。まさか、脱走でも──嫌な予感がよぎって、丸目はベッドから床へ足をつくと、そのまま駆け出し、部屋の扉を開けた。
すると、顔を覗かせた先、廊下の向こうからジャージ姿の星が歩いてするのが見えて、丸目は勢い良く扉を閉めると、ベッドに飛び乗り、布団を頭からかぶった。合わせる顔がないとはまさにこのことを言うのだろう。謝るか、しかし、事の発端は星のやつがおれがセンズリこいてるのにノックもせず入ってきたからで、おれは何も悪くねえはずだ。
と、扉をノックする音が耳に届いて、丸目はヒィッ!と悲鳴を上げると、その巨体を小さく縮めた。
「入るぞ、丸目。いいか」
「…………」
「…………」
キィッ、と扉の蝶番が軋み、扉が開いてから再び音を立てて閉まるのを聞きながら、丸目は息を殺す。
「返事がなかったが、入らせてもらったぞ。昨日はよく眠れたか」
星の掠れた声が、昨夜のことは事実で、現実であることを丸目に知らせる。
「…………」
「……昨日のことは気にするな。隣の部屋の先輩たちにも謝っておいたから。なに、若いときはそんなこともあるさ」
「っ…………」
星の口から紡がれる、労りの言葉が胸に突き刺さる。
昨日の記憶がふつふつと蘇り、丸目は自身の体が熱を持つのを感じる。
「眠ったのか」
「……さっきから、黙って聞いてりゃ何なんだ、あんたは。忘れろだの若さのせいだの、それが大人の余裕ってのかよ」
布団を跳ね除けて、丸目は扉の前に立ったままの星を睨む。
「丸目……」
「おれはあんたに、あんたの投げる球と野球に対する厳しさ、その姿勢に惚れたんだよ。だからこうしてここにいる。あんたが過去の女房役とどんな関係だったかなんて知りたくもねえし聞こうとも思わねえ。ただ、今はおれだけを見ろ。おれを信じて投げてこい」
「…………惚れた、か。今までに何度おれはその言葉を聞いたんだろうな。いや、こっちの話……ありがとう、丸目。そう言ってもらえるとこちらも遠慮なく投球に打ち込める」
星はそう言うと、丸目のベッドの傍まで来て、端へと腰を下ろした。
「な、なんだよ。やろうってんなら受けて立つぜ」
「お前と組み合って勝てるわけないだろう。ふふ、早く顔を洗ってこい」
「けっ、よく言うぜ。後援会長さんが嬉しそうに言ってたぜ。山ん中であんたと再会したとき、軽々投げられたってよ」
「本気でやったら敵わんさ。見ればわかるだろう」
「へっ、ご謙遜」
星の発言を鼻で笑い、丸目はコップと歯ブラシを手にし、タオルを肩に掛けると、廊下に設置された水道で洗面を済ませるために部屋を出て行く。
その去り際に目にした星の体と昨晩の姿が重なって、丸目はごくりと生唾を飲み込むと、閉めた扉の前で大きな溜息を吐いた。
と、丸目!と大きな声で呼ばれて、丸目はビクッ!と体を硬直させた。
「今日は早起きだな。どうした」
声を掛けてきたのは鬼の武宮寮長で、丸目はいつになく体を小さく縮めて、いや、目が覚めたもんでと呟く。
「ははは、時間は有限だぞ丸目。少年老いやすく学成り難しだ。後悔せんようにな」
「あっ、あの」
豪快に笑い声を上げ、去っていく寮長を呼び止め、丸目は左腕時代に正捕手ではなかったが女房役として知られる現青雲野球部後援会長の伴宙太のことと、今は退団し、郷里へと身を寄せた楠木のことを尋ねた。
「なんでそんなことを訊く?星は教えてくれんか」
「いや、捕手としての技量なんかじゃなく、人としての性格なんかも知っておきたくてよ……」
「別にいいんじゃないか?お前はお前らしくいれば。退団して別れた元女房なんてどうでもいいことだろう」
「そりゃあ、そうだけどよ……」
「…………ははあ、なるほど」
言葉を濁す丸目の歯切れの悪さと、いつになくしおらしい態度に寮長はにやりと不敵な笑みを浮かべてから、丸目は星に惚れたかと一言、核心を突いた。
「なっ、ふっ、ふざけたこと吐かすんじゃねえよっ……なんだっておれが星なんぞに」
「魅入られるなよ。おれが言えるのはそれだけだ」
「は……?」
肩をぽんと叩いて、歩み出す寮長を丸目は見守るしかできず、次第に遠ざかっていく姿を見つめたまま、浴びせられた言葉を反芻する。
魅入られるな、だと……?
もう、とっくに、おれは…………。
「丸目」
突然、背後の扉が開き、顔を出した星と振り返った瞬間に視線が絡んで丸目はうわっ!と叫び声を上げた。
「んだよ、脅かすんじゃねえよ、星センパイよ」
「武宮寮長が来てたんじゃないか」
「ああ、うん、来てたけどよ。それが?」
「いや、いい。あとで話す。丸目は珍しく寮長と何を話してたんだ」
「ちょっと、な」
「…………」
星は、おれが用済みとなれば、また新たに捕手となる人間を探し、地獄へと引きずり込むのだろうか。
時には花形のように、対峙した打者でさえも。
「顔を洗ってくる」
「ああ、わかった」
会話を強引に終わらせ、丸目は星から離れると蛇口の並ぶ洗い場にて水道のハンドルを捻り、蛇口から冷たい水を放出させた。
指に触れる水は冷たく、両掌に溜めたそれで顔を洗うと、頭を冷やしてくれる。
もう、とっくに戻れないところに来ているに違いないのだ。
肩に掛けていたタオルで顔を拭い、丸目は息を吐く。
きっと、青雲の体育館でひと目見たときから、おれは──。
丸目は、葉を磨き終えると、星の待つ自分の部屋へと戻る。扉の前に立つまで、寮長以外にすれ違った人間はひとりもいない。
「…………」
握ったドアノブはいつもより変に冷たく感じられたが、丸目は特に気にもせず、それをいつも通りに回して扉を開ける。ひどく重く感じられた扉のノブから手を離し、空いた隙間から身を室内へと滑らせ、丸目は星を呼ぶ。
「どうした?」
訊き返す星に何でもねえと返し、丸目は黙ってベッドへと腰掛ける。朝食の時間まではあと三十分あった。
「…………」
「…………」
しばし見つめ合ったあと、丸目は星へ腕を伸ばす。星はそれを避けるように腰を上げ、ふらりと部屋を出て行った。丸目はその姿を目で追い、再び溜息を吐く。
ひとりで待ちぼうけを食らうこの部屋が、ひどく寂しく感じられる。
ああ、もう、後戻りはできない。
おれはきっと、星飛雄馬に心を奪われたまま、今後生きていくことになるのだ。やつと離れたあとも、未来永劫。苦笑し、丸目は目を閉じる。
朝食の時間までは、あと二十分。