「ま、待ってくれ!」
「…………」
多くの企業が退社時刻を迎え、会社員たちが急ぎ帰路に着く駅前の大通りにて、飛雄馬は何者かに腕を掴まれ、歩みを止めた。
誰だ、と振り返りざま、サングラスのレンズ越しに相手の顔を見遣れば、そこには懐かしい──数年前に別れたきりの親友に似た男の顔があって、飛雄馬は唇をきゅっと引き結ぶ。
こんなこと、何度目だろう。
彼に──伴宙太に似た背格好の人間をつい目で追ってしまい、妙な因縁を付けられたことも一度や二度ではないと言うのに、おれはなぜ、彼の面影を探してしまうのか。
もう、伴は遠い世界の人で、おれと彼が再び相見える日など未来永劫、訪れはしないのだ。
それなのに、この男が、伴宙太であってほしい、とそんなことを願わずにいられないのは、おれのエゴか。
「あ、っ……あう、あう、う、そのっ……き、急にすまん。あんたから、懐かしい、匂いがして」
「…………」
「星、なあ、あんた、星だろう。星、星飛雄馬。わしがわかるじゃろ?伴じゃ、親友の伴宙太じゃ」
飛雄馬は答えず、その場に立ちすくむ。
伴、よく、おれがわかったな。
その言葉を、込み上げる涙と共に飲み込んで、飛雄馬は低い声で、手を離してくれ、と囁いた。
「あっ、ああ!すまん!」
「……ずいぶんな、口説き文句だな。あんたの言う星飛雄馬とは別人だが、その文句は気に入った」
掴まれていた腕をさすりつつ、飛雄馬はニッ、と口元に笑みを携えた。
「ば、馬鹿にするでないわい!何が口説き文句じゃい!わしはそんな軽い男ではないぞい!」
伴の叫び声を耳にしたらしき通行人らが、何の騒ぎだとふたりの顔を追い抜きざまに覗き込んでいく。
「それは、失礼した」
飛雄馬は橙色のYGマークが刺繍されている黒の帽子を取り、頭を下げると、そのまま人混みに紛れようと足早に歩き出した。
「あっ!まっ、待てい!あ、いや。待ってくれ!頼む」
「…………」
後ろ髪を引かれる、とはまさにこの状況を言うのだろう、と飛雄馬は背後から投げかけられる声を無視し、先を急ぐ。
大リーグボール二号の秘密が半ば解き明かされつつあったあの日、きみが追いかけて来てくれていたら、結末は変わっていただろうか。
そんなこと、考えたところで今更、戻ってやり直せるわけじゃない。考えるだけ無駄だ。
もう、忘れてしまえ。それが一番いい。
「星っ!」
雄叫びに近い伴の声を耳にしたその刹那、飛雄馬は既に彼の腕の中にいた。
後を追って、駆けてきた伴が勢いのままに飛雄馬の体を抱き締めたのである。
飛雄馬は体を抱かれ、その身に懐かしい体温と、匂いを感じる。
「…………」
「星、会いたかったぞい。星よう……」
伴の囁くような声が、飛雄馬の耳をくすぐり、その思考を鈍らせる。
いけない、このままではいけない。
けれど、おれはこの腕を振り解けない。
「はっ……っ、離せ!おれにそんな趣味はない!どこの誰と勘違いしとるのか知らんが、おれはあんたのことは知らん!」
思わず声が裏返ったが、飛雄馬は構わず叫んだ。
すると、体を抱く腕の力がゆるゆると緩んで、飛雄馬が伴から距離を取ったまではよかったが、その代わり、今にも泣き出しそうな、そんな表情を浮かべた彼の顔を見上げることになった。
ざわざわと辺りに人だかりが出来、何やらヒソヒソとこちらの様子を囃したてるような連中まで現れ、飛雄馬はいっそこの騒ぎに乗じて姿を眩ませようとも考えたが、伴の悲しげな顔を目の当たりにしてしまったがために二の足を踏む羽目になる。
飛雄馬は一度、奥歯を強く噛み締めてからタクシー!と大声を出すと、その場に集った野次馬らを掻き分けるなり手を挙げ、停車してくれたタクシーに伴共々乗り込んだ。
やっとここに来て一息つくことができ、飛雄馬はタクシーの後部座席でホッと胸を撫で下ろした。
「お客さん、どこに行かれるんです」
「わしの家に頼む。住所は──」
行き先を尋ねた運転手に飛雄馬は何と言葉を返そうかと悩む間もないまま、伴が目的地を告げた。
「…………」
視線を遣った伴の横顔に、先程の陰りは微塵も見えない。飛雄馬は何やら意気投合したか時々笑い声を上げながら会話を繰り広げる伴たちの様子を目の端に捉えつつ、車窓の向こうに意識を向ける。
お坊ちゃん育ちの伴は、いつもこうして移動にはタクシーを使っていたな。
金がもったいないじゃないかと言うおれに、自分の奢りだから気にするなと言ってくれたのも一度や二度では利かんだろう。
懐かしい、あれからもう何年になるのか。
だいぶ昔のことのような気さえしてしまう。
「なあ、星よ」
ふいに、隣から声が掛かって、飛雄馬は現実世界に意識を戻すと、そのまま口を噤む。
と、星と呼んだ彼はあわあわと取り乱し、「名前を訊いとらんじゃったのう」と額の汗を三つ揃えのジャケット、そのポケットから取り出したらしきハンカチで拭いつつ、取り繕うように笑みを浮かべた。
「トビタだ」
「トビタ?そ、そうか……」
「…………」
「お客さん、着きましたよ。端はサービスしときますから、また何かご入用の際にはうちを使ってやってください」
「お、おう。すまんな、覚えたわい。これ、少ないが取っといてくれい」
スラックスの尻ポケットを漁る飛雄馬を腕で制し、伴はハンカチをポケットに押し込む代わりに財布を取り出すと、運賃とは別に五千円札を運転手に手渡した。
「……すまん」
走り去るタクシーの排気音を背後に聞きつつ、飛雄馬はぽつりと溢す。
「な、何がじゃ?」
「タクシー代さ」
「なぁに。ガハハ、そんなこと気にするでないわい」
「…………」
「…………」
ふたりの間に妙な空気が流れ、伴がわざとらしく咳をするなり、さあ入った入ったと屋敷出入口の門を開けた。ここをくぐれば、広大な庭を擁した伴宅の敷地内に足を踏み入れることとなる。
綺麗に手入れされた木々が季節が移り変わるたびに、四季折々の姿を見せてくれる日本庭園造りの庭。
石橋が掛かる池では丸々と肥えた鯉たちが優雅に泳ぎを披露している。
時折、鹿威しの小気味いい音が響く庭を一瞥し、飛雄馬は、今帰ったぞーい!と声を張り上げる伴の後に続き、玄関の敷居を跨いだ。
「まあまあ、宙太ぼっちゃま。お早いお帰りで」
「う、うむ。たまにはのう。飯にしたいが、何かあるかのう?ないなら店屋物を取ろうと思うが」
玄関先で出迎えてくれたおばさんの変わらぬ姿に、飛雄馬は鼻の奥がツンと熱くなるのを感じたが、素知らぬふりをし、小さく会釈するに留まる。
「……あなた、どこかでこのババとお会いしたことがありませんか?」
「…………」
老女に顔を覗き込まれ、飛雄馬は視線を逸らす。
しかし、内心、この察しのいいおばさんに正体を暴かれはしないかと気が気でない。
「へ、変なことを言わんでくれ!ただでさえ失礼をしとるんじゃ。この人はトビタさんで、ほ、星とは全くの別人じゃ」
「そうですかねえ。それにしてもよく似てらっしゃる……」
「も、もうええ!帰っていいわい!飯は勝手にするから!また明日!ほら!おばさんには長生きしてもらわんといかんからのう!早く帰って休んでくれい!」
伴は飛雄馬の顔をじっと穴が開くほど見つめてくる老女を押し戻し、彼女が帰り支度をして屋敷を後にするまでその姿を見守っていた。
「いいのか、帰してしまって」
「ええわい!まったく口うるさくて敵わんぞい」
「きみのことが心配なんだろう。優しい人じゃないか」
「ん、ん……そりゃ、わかっとるが……ってトビタとやら、おばさんの知り合いか?」
「そんなことはないが、見ればわかるさ」
飛雄馬は口元に薄く笑みを携えると、大事にしてやるんだぞ、と続ける。
「う、うむ……なんだか、星みたいなことを言うやつじゃのう。わしゃ頭がおかしくなりそうじゃわい」
「…………」
「それはそうと、夕飯は何が食べたい?外に出るか?出前を取るか?」
「簡単なものでよければおれが作ろう。タクシー代の代わりと言ってはなんだがな」
「は──?」
ぽかんと口を開け、立ちすくむ伴に飛雄馬は台所はどっちだと尋ね、案内された先で冷蔵庫を開け、中を少し物色すると献立を決め、早速調理に取り掛かった。
コンロにかけられたままになっていた鍋の中には豆腐とわかめの味噌汁が残っていて、飛雄馬は魚を焼き、残っていた青菜の類でお浸しを作ると、手際よくそれらを伴の着くテーブルの上に手際よく並べた。
まだ長屋に住んでいた時分、姉である明子の手伝いを自主的にやっていた飛雄馬にとって、これくらいのことは朝飯前である。
それらをあっという間に平らげた伴が晩酌を始めるのを見計らって、飛雄馬はふたり分の食器の後片付けを終えると、瓶ビールの二本目を開けようとする彼を制した。
「飲み過ぎはよくないな、いくら明日が休みとは言え」
「こんにゃの、飲んだうちに入らん!ひっく」
「…………」
「ふろじゃ、ふろにはいろう、星、じゃなかったトビタよ!」
「風呂の場所を教えてくれ。きみは休んでいろ」
「にゃんでそう冷たいことを言うんじゃトビタは。わしのことが嫌いか?」
「嫌いならここには来ない」
たかがビール一本でここまで酔うものだろうか。
飛雄馬は虚ろな目を向けてくる伴の顔を瞳に映す。
「サングラスを、外してくれんかトビタよ……たのむ」
「……それは無理な相談だな」
「なぜじゃ?顔を見られるとまずいことでもあるのか」
「そんな、ことは……」
顔を背けた飛雄馬の腕を、伴が掴む。
「星、星なんじゃろ」
伴に腕を引き寄せられ、飛雄馬に一瞬、迷いが生じた。視線が絡んだまま、しばしふたりはそのまま静止する。否定しなければ。違う、おれは、星じゃない。
頭ではわかっているのに、体が、足が、動かない。
どうして伴は、おれにそんな目を向ける。
「………っ、く」
席を立ち、顔を寄せてきた伴に驚き、飛雄馬は思わず目を閉じた。
しかして伴はそれ以上、距離を詰めようとはせず、汗を流してくるわいと身を翻した。
飛雄馬はその背を目で追いつつ、伴が触れてくれなかった唇を引き結ぶと、伴の座っていた椅子に腰掛ける。汗をかいた空の瓶とコップが残されたままの台所で飛雄馬は伴がいないこの機に乗じて屋敷を出て行こうかとも考えた。
今なら、あの顔を見ないで済む。
けれど、掴まれた腕の熱が引かない。
期待しているのか?あの後のことを。
飛雄馬はふっ、と吹き出し、くっくっ、と喉を鳴らすと、テーブルに肘をつく格好で伴に握られた腕を自分の手でさする。
おれはこんなに腑抜けだったか?
あの日、すべてを捨てたはずなのに。
「…………」
席を立ち、飛雄馬は伴の使っていたコップを水道水で濯ぐと、そこに注ぎ入れたぬるい水を一息に飲み干した。
すると、板張りの廊下が軋む音が次第に近づいてくることに気付いて、飛雄馬は流しのシンクにコップを置くと、背後を振り返る。
「トビタとやらも汗を流してくるとええ。遠慮はするな。風呂に浸かりたいなら湯を張って構わんぞい」
「……」
「着替えは、ええと、ちと大きいかもしれんがわしの浴衣を使ってくれい」
飛雄馬は案内されるがままに足を踏み入れた脱衣所で帽子を取り、サングラスを外した。
そうして、着用していた衣服を脱衣カゴの中に投げ入れてから浴室の戸を開ける。
伴は風呂を使うといいと言ってくれたが、そこまで世話になる義理もない。
熱いシャワーの湯を頭からかぶって、飛雄馬はシャンプーを拝借すると、伸ばしっぱなしになっている髪を洗う。
おれは、なぜここに来てしまったんだろうか。
流されるままに、ここにいる。
伴のあの目を見たのだって、今日が初めてではないと言うのに。
泡立てた髪をシャワーで流しつつ、飛雄馬は目を閉じる。
おれは、あの目に何を見たのだろう。
自分の正体を偽ってまでなぜ、伴と行動することをおれは選んだのだろう。
泡を流しきり、飛雄馬は泡立てた石鹸で体を洗っていく。
「タオルと、着替え、置いとくぞい」
「!」
脱衣所から声が掛かって、飛雄馬は思わず身構えたが、それきり気配が消えたために安堵し、泡にまみれた体に再び熱い湯を浴びせる。
伴のことになると、女々しい自分がいることに苦笑し、飛雄馬は彼が用意してくれたタオルで体を拭い、浴衣に身を包むとサングラスを掛けた。
そのまま長い廊下を行き、伴が教えてくれた寝室の襖を開けると、飛雄馬は既に布団の敷かれていた室内に驚いたものの、彼なりの優しさだろうと自分を納得させる。
部屋の中で、布団の上に腰を下ろしてから飛雄馬は肩にかけたままになっていたタオルで髪を拭う。
髪が濡れたまま眠るのはよくないな。
乾くのを待つとしよう。
「……トビタ、帰ったか」
「入っていい」
襖の向こうから声を掛けられ、飛雄馬は入室を許可した。
「邪魔するぞい」
すっ、と室内に入り込んできた伴をサングラスのレンズ越しに見遣って、飛雄馬は何の用だ?と訊いた。
「……洗濯が終わる間、話くらいええじゃろ」
「…………」
敷かれた布団の足元近くの畳にどっかと座り込み、伴は少し、星の話をしてもいいか、と、飛雄馬に語り掛ける。
話くらいなら聞こう、と飛雄馬も頷き、伴の言葉に耳を傾けた。
伴は高校時分の、初対面の印象から面白おかしく身振り手振りを交えつつ星飛雄馬という男の話を、語って聞かせる。
どれだけ自分が、星を尊敬しているか、そして大事に思っていたか。
一生懸命に突き進む姿はいつも輝いていて、自分はその美しさに魅せられ続けていたこと。
「…………」
飛雄馬は不思議と、その語りを耳にしても恥ずかしいとも大袈裟すぎるとも感じなかった。
むしろ、おれのことをそんな風に見てくれていたのかと言う嬉しさの方が打ち勝ち、顔が綻びさえした。
しかして、いつの間にか伴の頬に涙が光っているのに気付いて、飛雄馬はぎょっと目を見開いた。
「星の、星の腕がダメになってしもうたのはわしのせいなんじゃあ……どうして気付いてやれんかったのかとそればかり考える」
「伴の、せいじゃないさ。きみが気に病む必要はない」
例の試合の日のことを震える声で話す伴に釣られ、目頭を熱くしながら飛雄馬はそう言って、彼を慰める。
「星にわしは謝ることも、今までありがとうとも言えとらん。それがずっと心に引っかかっとるんじゃい」
「伴……」
「ふふ……なんてのう、トビタに言うても仕方のないことじゃが、つい、のう」
「…………」
飛雄馬はぼろぼろと大粒の涙を溢す伴をしばらく見つめていたが、ふと、立ち上がると天井から吊り下げられた灯りの紐を引いた。
一瞬にして部屋には静寂と闇が訪れ、互いの顔の表情さえ読み取れなくなる。
「わっ!いきなり何をするんじゃトビタよ!話の途中ぞい」
「…………」
飛雄馬はサングラスを外すと慌てふためく伴の名を呼び、その懐に飛び込んだ。
「は、わ、え……?え?」
「なぜ、おれにそんな話をした?情に訴えようとでも言うのか」
「…………」
ごくん、と伴の喉が鳴った音を飛雄馬は聞く。
どうやら図星のようである。
「ふふ、そんな目で見ていたのか、その星とやらを」
「う、ぐ、ち、違うわい。わしは星をそんな目で見たことはない!神に誓って!星を侮辱すると許さんぞ!」
「…………」
飛雄馬はたじろぐ伴の太い首に腕を絡ませ、半ばその体を押し倒す勢いで口付けを迫った。
「は、ぶっ……っ、っ」
「目を閉じていろ、伴。絶対に目を開けるな」
「う……、うぅっ」
呻きつつ頷いた伴に飛雄馬は再び、そっと唇を寄せ、閉じ合わされたままの唇を舌先でくすぐる。
「ふ……」
開いた口の隙間に舌を滑らせ、飛雄馬は辿々しく舌を絡ませてきた伴と唇を寄せ合った。
頭の芯が痺れて体が火照るのを自覚し、飛雄馬は伴の首を抱く腕に力を込める。
「っ、ちょっと、待てっ!トビタ、いかん。こんなこと……わしは、」
「おれを星の代わりにしたらいい。怖くて、壊してしまいそうで、触ることもできなかった星飛雄馬とやらに」
「そんな……」
「おれでは不満か」
「ふ、っ、不満とか、そうじゃのうて、それじゃあトビタの気持ちは」
「……優しいんだな、伴」
「忌々しい、何から何まで星に似とるわい」
「…………」
「星……いや、トビタ……」
伴は自分の首を抱く飛雄馬の腕を取りつつ、その体を布団の上に組み敷いていく。
耳に顔を寄せられ、ゾクッと肌が粟立つのを感じながら飛雄馬は、星でいい、と囁いた。
「…………」
それきり、伴は口を噤み、飛雄馬の腿に手を這わせつつ首筋に吸い付いた。
「あ……ぅ、」
汗ばんだ湿った大きな手が、腿を撫で、上へとずり上がってくるその感触に飛雄馬は身を震わせ、身を置く布団に爪を立てる。
下着は渡されていないため、当然身に着けてはいない。したがって伴は直接、飛雄馬のそれに触れることになる。
まさか直に触れることになるとは伴も夢にも思わなかったか、一瞬、飛雄馬の足の付け根に触れた手の動きが止まった。
しかしてそのまま伴の手は飛雄馬の男根に触れ、それを優しく揉みしだく。
「ひ……っ、っ」
大きな掌でそこを愛撫され、飛雄馬の男根はじわじわと伴の手の中で大きさを増す。
思わず体を仰け反らせ、身をよじった飛雄馬の頬に伴は唇を寄せ、怖いならやめるぞい、とねぎらいの言葉を掛けた。
「い、っ、や……じゃ、な、ぁっ」
完全に勃起した飛雄馬のそれを伴は握ると、ゆっくりと上下に擦っていく。
「…………」
汗の滲む飛雄馬の首筋から鎖骨、胸にかけて口付けを落としつつ、伴は男根を刺激する手の動きを次第に速めていった。
「は、ぁっ……っ、あ」
腰回りをじわじわと蝕む射精の前兆に飛雄馬は声を上げ、伴を呼ぶ。
そうして、そのまま伴の手の内で飛雄馬は射精し、ぐったりと布団の上に身を投げ出した。
「ずいぶんと早いのう。ご無沙汰じゃったか」
「…………」
射精の余韻に浸る間もないまま、飛雄馬は伴に足を大きく左右に広げさせられ、彼を受け入れるべくその入口を指で丹念に解される。
なんと、無様なことだろう。
足をはしたなく開いて、そこに伴を受け入れ、彼の指が腹の中を探る感覚だけで頭はジンと痺れてしまう。
おれの、いいところを探ろうと動き回る指がもどかしく、そして頼りなく腹の内側を突き上げる。
「あ、ぁ……っ、あ」
腰が跳ね、飛雄馬は顔を腕で覆うと、今の刺激で腹の上にどろりと溢れた精液の熱さに歯噛みした。
と、飛雄馬は自分の腿の裏に、何やら僅かに湿った人間の肌のようなものが触れたことに気付く。
それが開いた両足の下に差し入れられて、尻に何やら押し当てられた瞬間、飛雄馬は触れた肌が、伴の足であることを察する。
そして、飛雄馬が尻に押し当てられたものの正体を知ったのは、つい先程まで指で頼りなく弄ばれていた位置をぐりっ、と一息に押し上げられた刹那だった。
「は……、っ」
飛雄馬は触れられた位置から全身の末端まで瞬時に走った絶頂の電気信号の激しさに、目の前に火花が散るのを見た。思わず呼吸が止まり、全身が総毛立つ。
耳を塞ぎたくなるような嬌声が、自分の口から漏れ出ていると気付いたのは飛雄馬が腹の中をめちゃくちゃに嬲られている最中であった。
やめてくれと叫んで、汗を吸い、湿った布団から這い出ようとすれば距離を開けた分、腰を手繰られ更に奥を責められることになる。
もういっそ、何も考えられなくしてくれたらいい。
余計なことを考えず、嫌なことを思い出さずに済むように。
膨らみきった胸の突起を強く吸われて、飛雄馬は絶頂を迎えると共に、腹の中の伴を締め付ける。
汗に濡れた体が熱くて、触れ合う肌が汗にぬめった。
水を浴びたように濡れる髪に指を絡ませ、伴は飛雄馬の唇に口付けを落とした。
吸われた胸の突起は変に疼いて、痛みを帯びている。
「っ……ぅ、ふ、」
与えられた唾液を飲み下して、飛雄馬は伴を呼ぶと、その首に縋った。
そうして、達したらしき伴の射精の脈動を腹の中に感じつつ、飛雄馬は再び口付けをせがんだ。
「ん……ん、」
ちゅっ、ちゅっと唇を軽く寄せ合って、飛雄馬は伴から腕を離すと湿った布団に身を寄せる。
すると、伴は飛雄馬から男根を抜き取り、ふらふらとその場に尻餅をついた。
「……運動不足でいかんわい。今のこれで頭が痛うなってしまったぞい」
「…………」
飛雄馬は僅かに震え、痙攣する足を布団の上に下ろし、目元を腕で覆う。
灯りを付けてもいいかと問う伴に、それは勘弁してくれと掠れた声で返事をすると、大きく息を吐く。
「っ、その、トビタよ、わし」
「もう、何にも言うな、伴。何にも……」
訪れる睡魔に身を委ねつつ飛雄馬はそんな言葉を口にする。その時、伴が何やら囁いた気がしたが、飛雄馬はその真意を知ることなく、眠りに就いた。
この数時間後、飛雄馬は己を抱く腕の中からこっそり這い出で、部屋の中に干されていた自分の衣服一式を身に着けると、彼を起こさぬようにしながら屋敷を後にする。
飛雄馬はひとり、まだ夜の明けない住宅街を駆ける。
別れたあと、寂しく、惨めになることは初めからわかっていたことなのにそれでもおれは、彼のことを覚えておきたかったのだ。
伴は、おれの嘘を見抜いていただろうか。
飛雄馬はふと、歩みを止めると、朝を迎え白み始める空と、未だ夜を残す空に輝く星々を見上げ、その美しさと物悲しさに見惚れた。