相性
相性 冷たい外気が、微かに持ち上げられた掛け布団の中に滑り込んできて飛雄馬は目を覚ます。
伴?と訊くと、起こしたか?と囁くような声が聞こえてきて、飛雄馬は、いや、と短く返事をした。
「寒くて眠れんでのう。すまん」
「今日は、いつも以上に冷えるな」
飛雄馬は夢うつつのまま、笑み混じりにそう、答えると伴の胸に顔を寄せた。
ほんの少し、冷えていた伴の体も布団の中で次第にぬくもりを取り戻していき、飛雄馬も小さく息を吐く。
「おうい、星。くすぐったいぞい。やめてくれえ」
「静かにしてくれ。隣に聞こえるぞ」
くすくす、とふたり、笑い声を交えつつ身を寄せ合い、布団の中で互いの足をそれぞれ絡ませ合った。
寮暮らしで、同じ石鹸やシャンプーを使っていても、こうも匂いと言うのは違うものだろうか、と飛雄馬は伴の腕に抱かれつつ、そんなことを思う。
誰かに、抱かれて眠ることなど、小学生の頃以来かもしれん。
長屋は冬になるとどこからともなく隙間風が吹き込んで、寒くて眠れず何度も寝返りを打つおれをねえちゃんが抱き締めてくれていたっけ、と飛雄馬は幼き頃の思い出を頭の中で反芻する。
伴の匂いは、かあちゃんに似ているような気がする。
この腕に抱かれていると、かちこちに固まってしまっている体の緊張が解けて、安心できる。
それは布団の中だから、ではなく、いつもそうだ。
母親という存在に優しく抱き締められたら、きっと不安も恐れも何もかも温かな肌に溶けて、その柔らかな匂いに心が安らぐのだろう。
おれが物心ついた頃には、かあちゃんはもう、どこにもいなかった。
おれは、かあちゃんのぬくもりを知らない。
ねえちゃんはいつもおれのことを気にかけてはくれていたが、いつまでも甘えていられるはずもなく、いつだったか、ねえちゃんがかあちゃんの遺影を抱き締め、声を殺すようにして泣いている姿を目の当たりにしてからは泣きつくこともやめた。
かあちゃんが生きていたら、おれはどんな人生を歩んでいたんだろうか。
そんなことを考えても、仕方がないのだが。
「星はいい匂いがするのう」
「なんだそれ……寝ぼけてるのか?」
まさかの言葉に飛雄馬は動揺したが、それを悟られぬよう、少しからかうような台詞を吐く。
「眠くなってきたことは確かだが、寝ぼけてはおらんぞい。なんちゅうか、安心するんじゃ。星を抱いちょると」
「…………」
「相性がいいのかもしれんのう」
「相性?なんの?」
飛雄馬はふふっ、と笑みを溢し、伴の胸に顔をすり寄せると目を閉じる。
さっきより、心臓の音が少し速くなったような気がするな、と飛雄馬は鼻から息を吸い込みつつ、伴の脇の下から背中へと腕を回した。
「なんの……って、それはだな、その、バッテリーじゃい!み、妙なことは考えとらんぞい!断じて!」
「おれも、伴の匂いは好きだ。あったかくて、心地いい。きみの言う、相性と言うのもわかる気がする」
「う、う……」
「普通、男に抱かれたら気持ちが悪いものだと思うが、きみの場合は違う。柔道で鳴らした腕にぎゅっとやられると苦しいときもあるが、ほっと一息つけるのも確かだ」
「星……」
飛雄馬の体をぎゅうと抱き締め、伴は彼の頭に頬を寄せる。
「ほらこれだ。苦しいぞ、伴」
「おれは星に出会えて本当によかったと思っとるぞい」
「…………」
伴の心臓の鼓動と、おれの鼓動が、互いの体温が混ざり合ってひとつに溶けていくような錯覚をしてしまう。
そんなこと、伴に言われるまでもない。
おれも伴に出会えて本当によかったと思っている。
できることなら、ずっと一緒にいたい。
けれども、それは伴を縛りつけることになる。
伴がおれから離れたいと言うのならば、そのときは黙ってその背を押してやりたい。
願わくば、そんな日など未来永劫、来ないでくれると嬉しいのだが。
「星?」
「…………」
飛雄馬は伴の胸に顔を埋め、寝たふりを決め込む。
その髪を伴はしばらく撫でていたが、その内にいびきをかき始める。
明日も、よろしく頼むぜ、相棒、と飛雄馬は胸中でそんな言葉を紡ぐと、次第に重くなってきた目を閉じ、伴の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。