愛念
愛念 「ち、ちょっと待て、伴!落ち着け!」
口付けを迫る伴の顔を押さえ、飛雄馬は廊下に声が漏れぬよう、なるべく小さな声で拒絶の意思を示した。
「だめか?」
「だ、だめじゃないが、いや、違う!だめに決まっているだろう!こんなことをやっている暇があったら、もっ……っ、」
まるで子供が菓子や玩具をねだるように首を傾げ、尋ねる伴に一瞬、気を許してしまいそうになった飛雄馬だったが、眉根を寄せ、キッパリと断ったところに半ば無理やり、唇を押し付けられる。
一軍選手らに混ざった伴と飛雄馬はそれぞれにこの日の練習を終え、宿舎の部屋に帰ってきてベッドに腰掛けてすぐのことだった。
何を思ったか、着替えるでもなく風呂の準備をするでもなく、部屋に戻ってきた伴がまず初めに行ったのが、ベッドの端に腰掛けた飛雄馬のそばに寄り、彼に口付けをせがんだのである。
他ならぬ伴の頼みなら、と一瞬気を許しかけたところを強引にやられ、飛雄馬は驚きのあまり目を見開いたが、すぐに長いまつげの綺麗に生え揃う瞼を閉じた。
人の気も知らないで、長生きするぜまったく、だとか、へとへとになって帰ってきたと言うのにこんなことをする元気がよくあるな、とか言いたいことは山のようにあったが、飛雄馬は伴の首に腕を回すと、そのまま抵抗することもなく彼の体の重みをその背に受ける。
微かに、彼らの体重を受けたベッドが軋んだものの、ふたりはそんなことなどお構いなしに唇を求め合った。
扉を1枚隔てた向こうでは巨人軍の先輩方が明日の試合はどうだ、体の調子はどうのと言った会話を繰り広げつつ廊下を歩く音がふたりの耳には入る。
なんだって、おれは親友・伴とこんなことをしているんだか。
この行為に何の意味があるのか。
考えても、考えてもそれらしき答えは出ず、かと言ってよほどのことがなければ、拒否をすることもない。
それは、伴がいつもおれの無茶な練習にも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれる罪滅しからか。
伴はそんな男ではないだろう。
それならば、なぜ。
「星……星ぃ」
何度も、何度も唇を啄みながら伴は飛雄馬を呼ぶ。
飛雄馬はその顔を見上げつつ、胸の奥が変に疼く感覚を抱く。
伴が名を呼んでくれると、いつもこうなる。
それはこの行為の最中に限らず、他愛のない会話をしているときだってそうだ。
星、と呼んでくれる伴が笑っていてくれたら、おれも自然と笑みが溢れる。
「あ、っう……」
汗ばむ飛雄馬の首筋に伴は口付けを落としつつ、組み敷く彼のズボンを留めるベルトを緩めた。
中からアンダーシャツとユニフォームを引き出して、伴は勢いのままにそれをめくり上げた。
突然に肌を露わにされ、飛雄馬もまさかの出来事にかあっと頬を染める。
普段、ユニフォームの下に隠れている肌は日に焼けず白いままであり、伴はその白い腹へと手を添えると指先でそこを撫でた。
ぴくっ、と飛雄馬の体が伴の指の動きに震える。
伴の顔がここに来てまともに見られず、飛雄馬は顔を逸らすと目を閉じる。
そのせいで触れられる腹に感覚が集中してしまうのだが、今の飛雄馬にとっては伴の顔を瞳に映らないようにすることが大事であった。
「ん、んっ………」
腕を乗せているベッドのシーツを握り締め、飛雄馬は小さな呻き声を上げる。
次第に飛雄馬の穿いているズボンの下、スライディングパンツの中の一点が熱を持ち、その布地を持ち上げていく。
はあっ、と時折伴の口から漏れる吐息が熱っぽく、それだけで彼も興奮しているであろうことが見て取れる。
伴は飛雄馬のユニフォームを更にたくし上げ、その下に隠れていた胸を露出させると、乳首に小さく口付け、それを吸い上げた。
「はぁ、っ…………!」
大きく飛雄馬の体は仰け反って、強張る。
吸われた突起が伴の口内で膨らみ、尖った。
それだけでは飽き足らず、伴は口に含んだ突起を舌で転がしつつ、もう一方の乳首を指で抓むとぐりっ、と押し潰す。
「う、ぁ、あっ!」
突如として与えられた強い刺激に飛雄馬は声を上げ、体を弓なりに反らす。
勃起し、固くなった突起をこりこりと捻りつつ、伴は口に含んだままの乳首に淡く歯を立てた。
瞬間、飛雄馬はスライディングパンツの中で軽く絶頂を迎え、伴!と震える声で己に強烈な快感を与えてきた男を呼んだ。
「な、なんじゃい?痛かったか?」
「ち、ちがう……中で、っ……出ちまったじゃないか……」
「え、あ、っ……」
伴はようやく状況を理解したか、すまん、と小さく謝罪の言葉を口にしてからそこでようやく、飛雄馬の穿くズボンとスライディングパンツを脱がしにかかった。
ズルリ、と剥ぎ取られたユニフォームのズボン、その下に着用しているスライディングパンツには生々しく射精の跡が残っており、まだやや勃起したままの飛雄馬の男根の鈴口は精液に濡れ、光っている。
「いつも、脱がしてからにしてくれと、言ってるだろう……」
尻を浮かせ、パンツを脱がせる手助けをしてやってから、飛雄馬は今にも泣きそうな声でそう言った。
「すまん、後でおれが綺麗にするわい」
「…………」
じんじんと甘い痺れの残る乳首や射精したばかりの男根に飛雄馬は眉をひそめつつ、己の足からスパイクやストッキングを脱がせてくれる伴の姿を見守る。
「伴は、なぜ、おれとこんなことをする?」
「えっ!?」
いそいそとソックスを脱がせ、飛雄馬の足からズボンとスライディングパンツを抜き取った伴が顔を上げた。
「なぜ、とは、どういう意味じゃい」
飛雄馬の立てた膝を左右に割り、ベッドに膝立ちで乗り上げると、己の体をその両足に挟まれるような格好を取りつつ今度は伴が訊く。
「きみを受け入れるこの行為に、一体なんの意味があるのだろうかといつも考えている」
「…………」
ユニフォームのズボン、その尻ポケットから伴はチューブを取り出し、蓋を開ける。
その一連の流れを目の当たりにし、飛雄馬はハッと息を飲んだ。
チューブを絞り、中身を指先に取った伴は飛雄馬の広げた足の中心へとそれを塗り込む。
塗り込まれたその位置、尻の窄まりは熱を持ち、腹の中は伴の到来を待ちわびるかのように疼く。
「あ、ん、んっ……」
つぷっ、と指がそこから体内へと入り込んで、飛雄馬は体を戦慄かせ、鼻がかった声を漏らす。
粘膜や入り口を刺激に慣らしながら指は奥へ奥へと進み、飛雄馬はその奇妙な感覚に、無意識の内に自分の心地良い場所へと一刻も早く伴を到達させるよう腰をくねらせる。
奥へ行ったと思ったら少し指を引き、伴は飛雄馬の腹側を曲げた指の腹でとんとんと叩く。
「っ……!!く……っ、う」
射精を終え、萎えかけつつあった男根がその刺激で再び立ち上がり始める。
飛雄馬はその先から透明な先走りをとろとろと男根に伝わらせつつ、腹の中から与えられる快感にひく、ひくと体を痙攣させた。
「なぜ、じゃと?何も分からんままに星はおれに身を任せておったのか」
「ばっ……、っ、ん、ン……やめ、ぇ、そこ、そこは」
指の腹でがゆっくりと腹の中を撫でて、飛雄馬の体はその快楽の強さにビクビクと跳ねる。
もうすぐ、あと少しで絶頂を迎えられそうで、飛雄馬が腰を震わせた、その刹那、伴は指を抜き取った。
えっ、と飛雄馬は目を丸くし、膝立ちになるとズボンのファスナーを下ろす伴の顔を見上げる。
「な、んで……伴。こんな、生殺し……」
「星よ、おれはお前のことが何よりも愛しい。何のためにきさまを追って、プロ野球界に入ったと思っちょるんじゃあ」
ファスナーを最後まで下ろしきり、伴は開いたそこから自身の怒張を取り出す。
「いと、し……い?」
尋ねた飛雄馬に対し、伴は自分の体を受け入れる分だけ、再び彼の足を左右に開かせると今度はその尻へ己の腰をぐいと押し付ける。
慣らされた箇所に熱く、固いものが触れて、飛雄馬は奥歯を噛む。
もしかすると、おれが伴に抱くこの感情を、愛しい、と言うのだろうか。
飛雄馬は自分の入り口をゆっくりと広げ、腹の中を進む伴の存在感に体を反らし、白い喉を晒す。
「っ………ぐ、」
股関節に伴の重みがかかって、飛雄馬は眉間に寄せた。
「星……」
ちゅっ、と伴は優しく飛雄馬の唇に口付けて、時間をかけ、ゆっくり彼の体を慣らしてやりながら、その緊張を解いてやる。
そうして、彼の体内にすべてを挿入し終えてから、吐息を漏らす唇を再び啄み、今度は舌を滑り込ませた。
「あ、う………っ、ん」
シーツを握り締めていた飛雄馬の手が伴の腕を掴む。
腕の中に抱く飛雄馬の体に自分の体を密着させるように身を屈めた伴は、彼の両足をそれぞれの脇に抱えると腰を叩き始めた。
弾みで離れた唇に伴は口付けて、ギシギシとベッドを軋ませる。
伴の腕には飛雄馬の指、その爪が食い込む。
「っ、は………ァ、あっ」
声を上げる飛雄馬は伴を締め付け、内壁を擦る彼の男根がくれる刺激に素直に酔いしれた。
外れた唇に飛雄馬は口付けをせがみ、伴の太い首へと腕を回す。
何もかもが熱い。頭も、触れ合う肌も、吐息も全部。
結合部に潤滑剤として塗られたチューブの中身が体温で溶けて、ぐちゃぐちゃと鳴っている。
「あ、ぅ、うっ……」
ゾクゾクとした感覚が背筋を駆け抜け、飛雄馬は伴の首に強く縋りついた。
何度も、何度も腹の中から快楽の波が押し寄せ、飛雄馬はその都度体を戦慄かせたし、再び勃起した男根からは勢いこそないもののどく、どくと精液が滴り落ちる。
伴は絶頂を迎え、小刻みに体を痙攣させる飛雄馬の締め付けに耐えられず、抜く間もないままに彼の腹の中へと精を撒いた。
「ん、ん……」
軽く口付けを交わしあってから、伴は体を起こすと、ゆっくりと飛雄馬の中から自身を抜き取る。
掻き出された体液が飛雄馬の尻を僅かに伝った。
その瞬間、部屋の扉がノックされ、男根をティッシュで拭っていた伴が、はい!と裏返った声で返事をした。
「おお、驚いた。風呂、お前らが最後だぞ」
まさかの返事にわざわざ声をかけてくれた先輩も吃驚したらしく、苦笑混じりにそんな言葉を口にする。
「すんません。ありがとうございます。すぐ行きます」
怪しまれぬように伴は大きな声で先輩にそう伝えてから、目を閉じたままベッドの上でぐったりと脱力したままの飛雄馬に立てるか?と訊いた。
「…………ふふ、なに、これくらいでへばるようじゃ、一軍起用など夢のまた夢だろう」
伴の感覚の残る腹をさすってから飛雄馬は体を起こすと、風呂の支度を始めている伴を見つめる。
この行為のあとは、なんとも言えぬ気怠さが襲ってくる。野球の試合や走り込み等でこんな感覚は味わえない。
使う筋肉やらが違うからそれは当然と言えばそうなのだが、それに加え、なんとも言えぬ満足感と言うべきか幸福感のようなものを抱く。
「風呂でゆっくり、疲れを癒やして寝るとしようぜ、星よう!」
「他人事みたいに言ってくれるぜ……」
ニコッ!と振り返りざまに笑んだ伴に釣られるよう飛雄馬もまた、呆れたようにぼやきつつも柔和な笑みをその顔に湛えた。