25日
25日 タクシーの後部座席の窓から飛雄馬は多色多彩な電光飾で彩られた街並みを眺めていた。
約束の時間まであと十五分。
この道の込み具合では間に合いそうにないが、大した焦燥感もなく淡々と窓の外を見つめている自分に苦笑して、飛雄馬は大きな溜息を吐いた。
突然、寮に電話がかかってきてからもう二時間になるだろうか。おにいちゃんから電話だぞと武宮寮長に呼ばれ、渋々受け取った受話器を耳に当てた飛雄馬に件の義兄は八時に某ホテルに来てほしい、と。それから部屋の番号のみを告げ、こちらの返答も聞かぬまま一方的に電話を切った。
聞かなかったふりをしようかとも考えたが、姉のことを思うと無下にするわけにもいかず、飛雄馬は部屋着にしているジャージから外出着に着替え、寮を出た。
むろん、寮長に外泊許可を取って────。
寮から大通りへ出て、捕まえたタクシーに飛び乗ったものの事故でもあったのか、はたまた時間帯ゆえか先程からほとんど進んでいない。
無慈悲にもタクシーの料金表示のメーターは回り続けており、約束の時間に遅れることよりも運賃がどれほどまで上昇するか、そちらの方が気がかりであった。
「混んでますねえ」
運転手がぼやく。
「クリスマスですからね」
飛雄馬がそう言うと、運転手は今からデートですか?と脳天気に尋ねた。
「まさか」
吹き出し、飛雄馬は運転手の問いを否定すると、運転手さんこそどうなんですかと訊いた。
他愛のない会話が今はありがたくもあり、飛雄馬は座席の背に深くもたれた。
「私は星さんを目的地に届けたら今日は上がりです。特に予定はないんですけどね。どこかで酒でも飲んで帰りますよ」
「お疲れ様です」
「これから年末年始にかけて忙しくなりますからねえ。ありがたいことなんですけど」
運転手がそんな愚痴を溢したあたりから車は少しずつ進み出し、それから先は快調に目的地までの道程を走った。およそ五分の遅れ。運賃は予想より高くついたが、止むを得まい。
飛雄馬は運転手に礼を言い、指定されたホテルの自動ドアをくぐると、エレベーターの位置を確認してからちょうど一階に降りてきていた箱へと乗り込んだ。
目的地に着くまでに他の利用客と鉢合わせるということもなく、飛雄馬は甲高い音を立て開放された扉からフロアへ足を踏み出すと、廊下を少し歩いたのちにとある部屋の前に立った。
二、三深呼吸を繰り返し扉をノックすると、少し間を置いてから飛雄馬をこの場に呼び出した義兄──花形が顔を出した。
「…………」
互いに無言のまま、花形は室内に戻り、飛雄馬は廊下から中へと踏み入る。
「遅かったじゃないか」
扉が飛雄馬の背後で閉まるのを確認してから花形がふいに口を開いた。
「来ただけでも良しとしてほしいが」
「フフ、別に責めているつもりじゃないさ。来てくれて嬉しいよ」
ツインベッドの端に腰掛けた花形が微笑む。
部屋の作りは至って質素なもので、大きなツインベッドとテレビがひとつにテーブル一卓と椅子が二脚。
明かりは薄暗く、目が慣れてきてやっと家具等の配置の判別がつく。
「ねえちゃんは?いいのか、こんな時間に家を空けて」
「気を削ぐようなことを言わんでほしいね。明日のパーティーの出席をきみは断っただろう。伴くんから電話があったと明子から聞いたよ」
「…………」
「正月には伴くんのところに顔を出すんだろう。だから義兄夫婦の家には行かないと」
「勝手に話を進めないでくれ。まだ何も言ってないだろう」
「それならこちらにも顔を出すのかね」
「…………」
「まあ、いいさ。飛雄馬くんの好きにするといい」
花形は夕食は済ませたかねと続け、飛雄馬は寮で食べてきたと返した。
それなら話は早い、と花形は着ていたジャケットを椅子めがけ放り投げ、来たまえと一言、言葉を発した。
「帰ってからねえちゃんともそういうことをするのか」
靴を脱ぎ、ベッドの枕元まで移動した花形の眉間に皺が寄る。しかし、すぐにフッと笑みを溢すと、なぜ?と飛雄馬に問うた。
「嫉妬しているのかね、明子に。自分以外の人間には触れてくれるなと?飛雄馬くんがそう言うのならもう彼女には触れんよ。指一本ね。それに」
「それに?」
何やら言葉を濁した花形を飛雄馬は見つめたが、続きはこちらに来たら話そうじゃないかとはぐらかされ、気が乗らぬままにベッドに膝をつく。
「飛雄馬くんこそ伴くんとは過ごさんのかね」
「伴には昼間会っている」
「そのときに伴くんに抱いてもらったのかい」
シャツの首元にあるネクタイを緩めつつ、花形が呟く。
「なっ……!馬鹿な、おれは花形さんしか……」
まさかの言葉に頬を染めた飛雄馬と距離を詰めた花形が目を閉じてと囁く。
「さっきの話だが、ぼくはきみと、飛雄馬くんと再会してからは明子とはそういう関係になっていないさ」
「…………」
信じて、いいものか、この男の言葉を。
口付けに応えつつ、飛雄馬はそのまま押し倒される形で花形の体の下に身を置く。
花形は、おれと同じようにねえちゃんを抱くんだろうか。考えたくもない。想像するだけで吐き気がする。
首筋に花形の唇が触れ、舌が這う。
そうして、スラックスを留めるベルトが緩められ、下着と共にそれらを剥ぎ取ろうとする花形の手助けをするかのごとく飛雄馬は腰を上げた。
冷たいベッドのシーツが肌に触れる。すでに下腹部にあるそれは首をもたげていて、物欲しげに先走りを垂らしていた。
花形は、なぜおれを抱くのだろうか。
尋ねたことはない。訊いたところで正直に本心を話してくれるとも思えない。
「飛雄馬くん」
軽く頬を平手で叩かれ、飛雄馬はハッと我に返ると、己の両足を左右の脇に抱えた花形の顔を見上げる。
「…………」
「何を考えていたのかね」
「花形さんには関係、っ……!」
花形の指が体の中心から腹の中に強引に押し入ってきて飛雄馬は驚きと痛みに顔を歪め、背中を反らす。
入口を解すように指は動き、続けざまに二本目の指が追加される。
「姉のことかい」
「っ、っ…………」
中の浅い位置を指が行き来し、飛雄馬は腹の中にいる異物を無意識に締め上げた。
「ぼくは飛雄馬くんのように器用じゃないのでね」
「あ、ぁっ!」
思わず声を上げた飛雄馬から花形は指を抜き、間髪入れず男根を腹の中へと埋めた。指に慣れる間もないまま更に大きな異物を一気に奥まで収めることとなり、飛雄馬は不快感に顔をしかめ、息を整えようと腹を上下させる。
「飛雄馬くんが行方をくらますことなく、留まってくれていたのならぼくは明子と一緒になってはいないだろうね」
「どういう、っ……意味……っあ!よせ、っ」
花形が引いた腰で飛雄馬の尻を叩き、中をゆるく突き上げることを繰り返す。ようやく花形の形に馴染みつつあった腹の中を掻き回されて飛雄馬は白い喉を晒し、喘いだ。
「ぼくは明子に星飛雄馬を見た。それは恐らく伴くんも同じだろう。きみを失って空いた穴を埋め合わせるためにぼくはきみの姉を利用した。毎晩思ったさ、隣に眠るのがきみならどんなにいいだろうと」
「っく……」
体の脇で揺れていた飛雄馬の足を膝が腹につくほど折り曲げて、体重をかけつつ腹の奥をゆっくりと掻き混ぜながら花形は囁くと、喘ぐ口元に唇を寄せた。
触れるのをためらい、顔を逸らした飛雄馬の顎を掴むと花形は唇を押し付けてきた。
一瞬の隙を突くようにして口内に滑り込んだ舌に飛雄馬もまた自分の粘膜を触れ合わせ、その首に縋る。
熱い吐息が混ざり合って、甘い唾液が肌を粟立たせる。飛雄馬の中をゆるゆると腰を遣い掻き回していた花形が、ふいに腰を引き、奥を深く突き上げた。
「うぁ……あ、っ!」
腰の動きに合わせベッドが軋み、飛雄馬の反らした背中の下に両腕を差し入れた花形がその体を強く抱くと、首筋に歯を立てた。
そうしてそのまま飛雄馬の中に射精し、唇を食む。
首筋に食い込んだ歯列が与えた鋭い痛みに飛雄馬もまた強い快感を覚え、全身を戦慄かせる。
首筋を伝うものは汗か果たして滲み出た体液か、飛雄馬はぼんやりとした頭でそんなことを考えつつ花形の口付けに応じ、再び首に縋った腕に力を込めた。
何度か唇を重ね、舌を絡ませたあと、花形は飛雄馬の腕を首から離しベッドから離れる。
快感の余韻の残る体はろくに動かず、飛雄馬はベッドに背中を預けたまま目を閉じていた。
体がまだ熱を持っている。できることならこのまま眠ってしまいたいとも思う。
「落ち着くまで休んでいるといい」
「…………」
言われなくてもそのつもりだ、の言葉を飲み込み、飛雄馬は大きく深呼吸をする。
それからゆっくりと体を起こし、顔を掌で拭ってから花形さんは帰らないのかと訊いた。
「用が済んだら失せろと言うのかね。お望みならそうするが」
椅子に座り、こちらを向いた花形が微笑む。
返事もせぬままに飛雄馬はベッドを降り、床に落ちていた下着とスラックスを拾い上げるとそれぞれに足を通し、ベルトを留めた。
ふとしたときに歯を立てられた首筋が疼いて、飛雄馬は眉をひそめる。
「帰るのかね」
「いつまでもここに留まる理由もない」
そう、と花形は席を立ち、飛雄馬は彼の姿に一度視線を合わせたが、何を言うでもなく出入口へと向かう。
また、とも、さよならとも口にせず、飛雄馬は花形を見もせず、ドアノブに手をかけた。
と、左手でノブを回しかけた瞬間、右腕を強く握られ、飛雄馬は弾かれたように背後を振り返る。
「…………」
すると、そのまま花形に突き飛ばされるような形で背中を扉へと押し付けられて、飛雄馬は目の前に立つ男の顔を睨んだ。
「帰さないと言ったら?」
扉に手を着き、こちらの顔を覗き込みながら花形がにやりと唇を歪める。
「……寮長はあなたと会うのをご存知だ。そちらから花形さんの自宅に連絡がいくだろう」
フッと吹き出し、花形は真面目だな、飛雄馬くんはと続けてから飛雄馬の顔へと唇を寄せた。
「!」
反射的に顔を背けた飛雄馬の耳へと花形は口付け、耳に軽く歯を立てた。とっくに落ち着いていたはずの飛雄馬の体が、じわりと火照る。
耳介の凹凸を花形は舌でなぞり、飛雄馬の足の間に膝を差し入れた。舌の耳を這う音が肌を粟立たせる。
思わず声が漏れそうになるのを堪え、飛雄馬は唇を引き結ぶ。
「こっちを見て」
囁いた花形の指に顎を捉えられ、前を向くよう仕向けられた飛雄馬があっ、と思ったときにはすでにその唇は口へと押し付けられている。
体が熱を帯びたせいか、噛まれた首筋が痛み始める。
「ん……っ……ふ……」
舌を吸われ、上唇にそっと口付けられて飛雄馬は吐息混じりの嬌声を漏らす。舌の這っていた耳は心臓が乗り移ったがごとく熱く脈打っている。
呼吸する間もろくに与えられないまま口付けを幾度となく繰り返されて、飛雄馬は次第に頭がぼんやりと重くなっていくのを自覚した。
「……帰ろう。遅くなってしまう」
「……!」
気が済んだか、そう言って唇を離した花形に飛雄馬は涙に濡れ、潤んだ瞳を向ける。
「そんな顔しないでくれたまえ」
「っ……花形さんがっ、させたんだろう」
そう、強がりを口にした飛雄馬だが、スラックスの中、下着の奥は痛みを覚えるほどに立ち上がっていた。
「飛雄馬くんはどうしたい」
「どうって……」
「このまま帰れるのかね」
花形の手が張ったスラックスの前をそろりと撫で、飛雄馬の体がびくんと跳ねる。
「く……」
「後ろを向いて」
そう言うと花形は飛雄馬の足の間から膝を抜き、少し距離を取った。飛雄馬は言われるがままに体を反転させると扉に手をつく。
フフッと花形が溢した笑みが羞恥心を煽り、飛雄馬は顔が熱く火照るのを感じる。
花形の手が前へと回り、先程留めたばかりのベルトを緩め、スラックスのボタンを外した。
「はやくっ、っ……早くしてくれ。時間が惜しいっ……」
「そう急かさないでほしいね」
緩んだスラックスが床に落ち、音を立てた。花形の指が下着にかかり、肌を露出させる。
そうして、あてがわれたであろう男根の熱さに飛雄馬は身震いし、目を閉じると奥歯を強く噛み締めた。
と、一息に花形は腰を突き入れ、飛雄馬の体を貫く。
内壁を一気に擦り上げられた衝撃と強い快感に飛雄馬は叫び声を上げた。
体はひくひくと痙攣し、膝が震える。それでも辛うじて立っていられるのは花形が腹の中にいるゆえだ。
飛雄馬の開いたままの口から飲み込むこともままならない唾液が溢れ、床へと滴り落ちた。
「外に聞こえてしまう。少し声を抑えたまえ」
「んんっ、っ───」
さっきとは違う箇所を花形の男根が撫で、奥を抉る。 花形の腰が尻を叩くたびに扉の蝶番がぎしぎしと軋む音を聞きながら飛雄馬は二度目の絶頂を迎え、声にならぬ声を上げた。中で出された花形の体液が撹拌されたか、結合部は動きに合わせるようにぐちゅぐちゅと音を立てている。
「花形さっ……やめぇ……許ひ……っ」
押し付けた腰を回し、花形は飛雄馬の尻を掌で叩いた。鈍い痛みがそこから全身に走って、飛雄馬は体を強張らせる。しかして、その痛みさえも今は心地よく、飛雄馬は強制的に与えられた快感に打ち震えた。
花形をきつく締め付け、立ち上がった男根からはとろとろと先走りを垂らす。
叩かれた尻はひどく熱を帯びている。鈍い痛みが腹の奥を疼かせ、花形が中を掻くたびに強い快感の痺れが全身へと走る。
「いっ……もう、っ、いきたくなっ……あぁっ!」
「出すよ」
花形の囁きと共に腹の中に放出された熱に飛雄馬は戦慄き、脈動する男根をきつく締めた。
ようやく唾液を飲み込んで、飛雄馬は射精を終えた花形が男根を抜くと同時にその場に崩れ落ち、膝をつく。白い尻は叩かれたことで赤く染まり、花形が男根を引き抜いた際に掻き出されたであろう体液が閉じられた窄まりからは垂れていた。
「はぁっ……っ、」
体勢を整えなければとは思うのに、体が言うことを聞かず、飛雄馬は扉を前に立つこともできないでいる。
「立てるかね」
背後から声をかけられたが、飛雄馬は返事をせず首を横に振ると、あっちに行ってくれと掠れた声を漏らした。
「…………」
しばらく、息を整えてから飛雄馬はふらふらと立ち上がると下着を上げ、スラックスを身に着ける。
腫れた尻が下着に擦れ痛んだが、飛雄馬はその場に立つと、扉に頭を付け、大きく息を吐いた。
「外に出れるかい」
「…………」
まるで悪びれる様子もなく声をかけてくる花形に頷くことで返事をし、飛雄馬は扉を開ける。
そのまま廊下へと出てエレベーターまでの道程を歩み、階に留まっていエレベーターに乗り込んだふたりの間に会話はなく、飛雄馬は壁にもたれ、目を閉じていた。
「巨人軍の寮まで」
「…………」
ホテルの出入口付近に停まっていたタクシーを捕まえ、花形は飛雄馬に乗るように促すと彼もまた、隣に身を置いた。タクシーは軽やかに滑り出し、ホテルの敷地から大通りへと出る。
夜が明ければ、この時間になっても街を明々と照らす電光飾も取り外され、世の中は新年の準備に追われることとなる。
花形は、これから妻の──おれの姉が待つ家に帰って夕食を摂るのだろう。明日は自宅で親しい人間を招いてパーティーという名の食事会を開くと言っていたか。帰宅してからどの面を下げて夫婦で食事をするんだろうか。
「…………」
運転手からは見えぬ位置で花形が突然、何を思ったか飛雄馬の手を握った。窓の外を眺めていた飛雄馬だが、その行動に驚き、花形の顔を見遣る。
けれども、花形は前を向いたきり、何も言わず、はたまた飛雄馬を見ることもない。
ただ、指の力はひどく強いもので、飛雄馬は運転手の手前、離せと振り解くわけにもいかず、寮に着くまでしばらく花形のぬくもりを感じていた。
「寮長によろしく伝えてくれたまえ」
タクシーが寮に到着すると社交辞令のみを口にし、去っていった花形を見送って飛雄馬は寮の扉を開く。
「ん、帰ったのか。早かったな」
飛雄馬の姿を目に留めるなり寮長がぼやいた。
「ええ。門限までに帰ってこられました……」
首筋に違和感は残っているものの、尻の痛みはだいぶ引いている。飛雄馬はおやすみなさい、と寮長に会釈し、部屋に戻りかけながら、そういえば、花形が──いえ、義兄が寮長によろしくと言っていましたと花形の言葉を素直に伝えた。
「花形もたまには顔を出せばええのに。わしは電話番じゃないんだがな」
「…………」
ぶつぶつと何やら小言を呟く寮長に苦笑し、失礼しますと飛雄馬は廊下を歩き自室へと入ると、ベッドの上に倒れ込むようにして横になる。重い体がマットレスに沈み、自然とまぶたが下りてくる。
なぜ花形は手など握ってきたのだろうか。
何の意味が、あの行動にはあるのだろうか。
クリスマスの夜にわざわざ他人を呼び出して……。
おれは、花形さんの何なんだろうか。義弟であり、ライバルでもあって……。
そろそろ花形も自宅に帰り着く頃だろうか。
ああ、もう何も考えたくない。考えられそうにない。
飛雄馬は目を閉じると、そのままゆっくり眠りに落ちていく。いつの間にか外では雪が降り出しており、寮長がぽつりとホワイトクリスマスとは風情があるなと呟いたことを、もちろん飛雄馬は知る由もない。