一週間
一週間 「…………」
まずい、と飛雄馬はぐつぐつと煮立つすき焼き鍋の向こうに目の据わりきった親友の表情と纏う雰囲気に耐えかね、腰を上げる。ふたりが普段から利用しているすき焼き鍋を自慢とする料亭の一室。
今日もいつものように伴に呼び出された飛雄馬は、既に部屋に入っていた親友を訪ね、心ゆくまですき焼きを堪能した──ここまでは良かったのだ。
伴の酒を煽る速度がいつもより妙に早く、飛雄馬はそれに一抹の不安を覚えはしたものの、仕事で何かあったのだろう、と特に咎めはしなかった。
一度も会社勤めをしたことがない星に何がわかる──と、そう言われてしまっては返す言葉が見つからぬ。 むろん、伴はそんなことを言うような男ではないだろうし、どちらかと言えばおれ自身の負い目か。
時には仕事を放り出してまでおれの球界復帰のために尽力してくれたのだから、あまりとやかく言いたくはない。
が、ここに来て、あんな目を向けられようとは。
初めから、そのつもりだったのだろうか伴は。
「どこに行くんじゃい、星」
「どこって、寮に帰るに決まっているだろう。そろそろ発たなければ門限に間に合わん」
このまま部屋を出ようとした飛雄馬だったが、低い声で呼び止められ、そんな当たり障りのない言葉を口にする。締め切った部屋に、煮詰まったすき焼き鍋の匂いが充満している。
主に接待や商談などに使用されると言う、人の往来の少ない廊下の最奥に置かれたこの一室。
大声で店員を呼ばぬ限りは、誰も辺りには寄り付くことのない、いわゆる密室に近い造りだ。
ゆえに、分が悪い。
「嘘をつくな。門限にはまだ時間があるじゃろう。こっちに来い」
「……なぜ?理由を言ってくれ。そちらに行かねばならん理由を」
「ワハハ!なぜじゃと?おかしなことを訊くもんじゃい。そんなもんひとつに決まっとるじゃろう。星を抱きたいからじゃ」
「……そういうつもりで呼び出したのか?」
怒鳴りつけたいのを堪え、飛雄馬は一呼吸置いてから淡々と尋ねる。確かに、伴には感謝してもしきれないほどの恩がある。しかし、それとこれとは話が別だ。
他のことなら何だってしよう。
試合のない日ならまだしも──いや、そうじゃない。
しかもこんな場所で──違う。
飛雄馬は自問自答を繰り返し、頭を左右に振りつつ、ここは心を鬼にしなければ、と己を律する。
いつも流されてばかりで後で後悔する羽目になるのだ。たまにはきっぱり拒絶しなければ。
要求をすべて飲んでやるのが友ではないはず。
「う……そんな目で見つめんでくれえ。わしゃ星のその目に弱いんじゃ」
出入り口の襖を背に立つ飛雄馬を座卓を挟み、向かいの上座に座ったままの伴は顔を背け、目を閉じる。
「飲みすぎだぞ、伴」
飛雄馬は、伴が顔を逸らしてくれたことで心に余裕が出来、口調柔らかく彼を諭すに至った。
「わし、これから一週間、出張に出るんじゃあ。じゃから星の試合も観に行けんようになるし、こうして会うこともできんようになる。それじゃああんまり寂しいと思わんか」
「……たった一週間じゃないか」
「た、たったとはなんじゃい!たったとは!わしゃ星と一週間も離れ離れなのは寂しいわい!」
「だから呼び出したのか」
「うう……だって寂しいんじゃよう。星の試合が生で観られんなんて、なんのために働いとるかわからんわい。抱かせてくれんのなら寮に毎日電話するぞい」
また馬鹿なことを……と飛雄馬は腕を組み、大きな溜息を吐く。これで大企業の常務だと言うのだから社員たちには心の底から同情する。
そりゃあ、そういうことをさせてやるのは簡単だが、一度でもそれを許すと伴のことだ、二度あることは三度あるの諺よろしく今後も泣き落としの一手で攻めてくるに違いない。
しかして、寮に電話をかけて来られるのも困る。
寮長に取り次がんでくださいと言えば済むことだが、おれ個人のことに寮長を巻き込みたくはない。
「…………」
「じゃあチューだけでいいから。な!頼む、星ぃ。このとおりじゃあ!」
姿勢を正し、正座の格好を取ると情けなく両掌を顔の前ですり合わせ、縋るような目を向けてきた伴から今度は飛雄馬が視線を逸らす。
なぜ恥ずかしげもなくそんなことが言えるのか。
酒の力とは恐ろしい。今にとんでもないことを伴はしでかすのではないか……。
飛雄馬は背筋を何やら冷たいものが滑り落ちるような感覚を覚え、再び頭を左右に振ると、それならいいだろう、と半ば諦めに近い形で伴の要求を飲む。
「ほ、星!」
「そうと決まれば伴、目を閉じろ」
「お、おう……」
何が、おう、だあんな台詞を吐いておいて今更恥ずかしがるなんてどうかしている。
それに恥ずかしいのはこっちの方だ、伴のやつ……。
飛雄馬は目を閉じ、尖らせた唇を突き出している伴のそばに畳を踏みしめ、歩み寄るとその場で膝を折る。
「…………」
飛雄馬は伴の唇に触れるギリギリまで目を開けたまま顔を寄せる。そうして、触れ合う刹那に目を閉じ、酒臭く熱い唇に自分の口を押し当てた。
と、次の瞬間、飛雄馬は伴に腰を抱かれ、体を密着させられると共に、一度は離した唇を再び啄まれ、ビクッ!と全身を震わせた。
「星……」
熱の篭った声で囁かれ、飛雄馬は唇をゆるく開く。
思わず漏れた吐息ごと口を塞がれて、飛雄馬は自分の腰を抱く伴の腕を引き剥がそうと藻掻いたが、彼の太い腕は微動だにせず、却ってその力が強まる結果を招いた。
「ふ……ぁっ、」
「なんじゃあ、妙な声を出しおって。星もその気になったかのう」
「……長生きするぜ、伴」
ふいに口を吐いた声をからかわれ、飛雄馬は精一杯の強がりと皮肉を口にする。
「なぁに、星より先に死ぬつもりはないから安心せい」
しかし、伴の方が一枚上手と言うべきか扱い方を知っていると言うべきか、そんな言葉を返されて、飛雄馬は唇を引き結ぶ。
と、そこを伴に再び啄まれて飛雄馬は目を閉じる。
一週間、会えないと思うと清々するような気もすれば、伴の言うように寂しいとどことなく考えてしまう自分もいる。
球場の観客席、どこにいたって伴の声援はマウンドに届く。それは何よりの励みだし、それを楽しみにしている自分がいることも確かだ。
「っ……ぅ、」
ほんの少し開いた唇から舌をねじ込まれて、飛雄馬は顎を引く。すると、それを追って伴が顔を寄せて来て、飛雄馬は彼に応えるよう顔の位置を戻すと、濡れた唇に自分のそれを押し当てた。
「う、いかん。星、もうやめじゃい。勃ってきたわい」
「ふふ、なんだそれ……そのつもりじゃなかったのか」
「そのつもりはそのつもりじゃったが……う、その、チューだけの約束じゃろう」
「……やけに素直だな」
「に、にゃにおう。またそんなことを言いおって。このまま押し倒すぞい」
「ふふふ……」
くすくす、と笑い声を上げつつ互いに鼻先をすり合わせたまま、そんな会話を繰り広げて、飛雄馬は伴の唇を小さく啄む。
「う……う、」
「口を開けろ、伴」
「い、いかん!これ以上は」
「…………」
口を開けろと催促よろしく、ちゅ、と音を立て、飛雄馬は伴の唇に吸い付くと、舌先で固く閉じ合わされた粘膜を撫でた。
ぶるぶるっ、と自分を抱く伴の腕が戦慄いて、飛雄馬は開いた唇の隙間から彼の口内へと舌を滑らせる。
「わ……っ、ぷ…………」
「…………」
唾液に濡れた舌を絡め、唇をすり合わせて、飛雄馬は自分の腰を抱く伴の腕が緩んで、その手がスラックスの中から引き出したシャツの中に滑り込むのに身を強張らせた。僅かに湿った指先が肌の表面を撫で、体の奥を火照らせる。
「ほ、星……わし、」
仰け反った首筋を熱い舌が這うのを感じながら、飛雄馬は僅かに唇を震わせ、そのまま伴の体の下に組み敷かれた。
畳が火照った体を冷やし、ふと一度は失くした理性を呼び戻す。けれども畳の冷たさを知らぬ伴はそのまま先に行こうとし、飛雄馬もまた、それを止めなかった。やめろと拒絶し、落胆する伴を見たくないと言えばそうだろう。
それに、後味悪く別れて試合に臨んだところでいい結果にはならんだろう。それを見越して、伴はこうして誘いを掛けてきたのかも知れんが。
「代わろう、伴」
「はっ?」
「おれが上になろう」
「えっ?」
「髪につける整髪料を貸してくれ」
「星?ど、どうしたんじゃい。さっきと言っとることが違うぞい」
「それはこっちの台詞だ。それとも無理矢理おれを犯すのが好きか」
「ちっ、違う!そんなこと、わしがするわけ……」
それなら、おれの気が変わらんうちにそこに横になれ、と飛雄馬は目を白黒させている伴の下から這い出て穿いているスラックスを留めているベルトを緩めた。伴が見守る中、スラックスと下着とを脱ぎ去ると、飛雄馬は早く、と声をかける。
「…………」
伴はしばらく何事か考えていたようだが、羽織るジャケットのポケットから愛用している整髪料の容器を取り出すと、飛雄馬にそれを手渡した。
そこに横になってくれ、と飛雄馬は伴が畳の上に座り込み、仰向けに寝転がったのを見計らい、その腰の位置に跨る。
「うう……星、わしゃなんだか恥ずかしいわい」
「それなら目を閉じていたらいい」
伴の腰の上で膝立ちになり、飛雄馬はスラックスの前をはち切れんばかりに膨らませているモノを取り出すべく、そのファスナーを下ろすと、開いたそこに手を入れ、下着の上から男根を撫でた。
「あ……ぁっ」
「…………」
飛雄馬は下着の中からそれを取り出し、亀頭の先から溢れる先走りで指を濡らすと、ぬるぬるとそれを上下にしごく。
「わ、ぁっ!星、やめんかっ……きさまっ、」
「…………」
飛雄馬は苦しそうに顔を歪め、下腹をピクピクと反応させる伴に自分もまた興奮していることに気付いて、唾を飲み込むと、先程渡された容器の蓋を開け、中身を指で掬った。
「ほ、ほんとに……やるのか」
目を閉じたまま伴が訊く。
「お互い初めてでもないだろう」
背中側から腕を回し、飛雄馬は整髪料を掬った指を自分の尻に這わせる。
程よく窄まったそこを伴を受け入れるまでに解し、慣らさなければならない。
けれども、自分の指では限界があり、何よりこの格好では入口を撫でるばかりだ。
少しでも腹の中を刺激に慣らしておかねば、伴を受け入れただけで気を遣りかねん。
「あ……っ、ん、」
くちゅくちゅと溶けた整髪料が奏でる音が響いて体が熱くなる。カセットコンロのボンベが空になったか野菜の切れ端の浮かぶ鍋はもう煮立ってはいない。
飛雄馬は自分の尻から指を抜くと、改めて伴のそれ、の上に跨って、位置を調整しながら彼を腹の中に埋めにかかる。
伴に手を添えたまま腰を下ろしていくと、先走りを溢れさせている亀頭が入口に触れ、思わず声が漏れた。
視線を感じて伴の顔を見遣れば、こちらをまじまじと見つめている彼と目があって、飛雄馬は目を伏せたまま男根を飲み込んでいく。
「っ……っ、ぅ」
やや立ち上がりかけていた飛雄馬のそれも伴の男根が腹の中を突き進むに従い、首をもたげ、その表面に先走りを滴らせた。
いつもとは腹の中を擦る位置も、深さも違う。
全部入れたら腹が破れてしまうのではないかと思うほどの圧迫感と質量。
飛雄馬はゆっくり、時間をかけ、自分の腹の中を慣らしながら伴を受け入れ、己のシャツの裾が汚れないようにそれをたくし上げる。
ほとんど日に当たるのことのない白い腹が露わになったことで、腹の中の伴が少し大きくなった気がした。
「う、動けるか?大丈夫か?」
「動いていいのか?」
飛雄馬はようやく自分の体が馴染んだことでそんな軽口を叩けるまでになり、伴の腰の上で体をくねらせた。
「うお、ぉっ!」
「…………」
畳の上に投げ出していた足を寄せ、伴が両膝を立てる。飛雄馬はあえて自分の好む位置を外し、伴の様子を見ながら彼の射精のタイミングを伺った。
伴にめちゃくちゃにされるよりは、まだこちらに主導権がある方が良いだろうと考えてのこと。
「出る、いかん……星、わし、っ……」
「いい。ほら、出せ」
「し、しかし……」
「…………」
もうそろそろか、と飛雄馬が時間を見ようと手首にはめた腕時計に視線を遣った瞬間、伴は自分の腰の上に乗る尻を掴み、それを下から突き上げた。
今まで当たらぬよう、避けていた位置──前立腺のそれを一息に押しつぶし、擦られて、飛雄馬は呻き声を漏らすと共に男根の先からとろとろと精液を溢す。
体に力が入らない。
それどころか、今何が起こったのかもろくに理解できぬまま、飛雄馬は再び下から突き上げられ、声を上げる。今の一打で背筋を駆け抜け、脳天を突き抜けた快楽の信号があまりに強く、思考が追いついて来ない。
だと言うのに、下から腹の中を嬲られるたびに全身に震えがくるような快感が走る。
声を抑えるという理性も働かぬままに、飛雄馬は伴の体の上で喘いだ。
尖った乳首をひねり潰され、そこから走る僅かに痛みを伴うむず痒さに飛雄馬は身をよじる。
声を上げるなとばかりに口に突っ込まれた指を咥えて、顎から首筋にかけてを唾液に濡らしながら飛雄馬は絶頂を迎える。
そうしてようやく伴が解放してくれたとき、飛雄馬の意識はそれこそ朦朧としており、畳の上に倒れ込むのが精一杯で、身の回りの後片付けなどできる状態ではなかった。
両足を震わせ、時間を尋ねた飛雄馬に伴は現在時刻を告げ、寮にはわしが電話を入れておくから落ち着くのを待て、と小さな声で囁く。
「わがままを聞いてもらえて嬉しいわい。すまんのう、星」
「…………」
二度目はないからな、と、飛雄馬は言いかけ、目を閉じる。腹の中に未だ伴がいるようで落ち着かない。
一週間後、おれはまた伴と会うんだろうか。
ふふ、まさかな…………。
それにしても頭がうまく回らない。伴が寮長には連絡をしてくれると言っていたか、少し、眠るとしようか──。
飛雄馬はゆるゆると体を侵していく睡魔に飲まれつつ髪を撫でる優しい、大きな手のぬくもりに無意識に顔を綻ばせた。